埼玉県特産の梨。久喜市や白岡市などの県東部や北部の地域で生産が盛んです。
甘酸っぱい果汁たっぷりのおいしい実を育てるためには、春の授粉作業が欠かせません。
しかし、作業は大変で人手不足も深刻です。
その課題を新しい技術で克服しようという取り組みが始まっています。
さいたま局春日部支局記者/溝田由子
埼玉県久喜市の梨農園です。
4月、一面に花をつけた木の下で、農家の人たちが授粉作業に追われます。
花を選び、ぼん天で花粉をつけていきます。授粉に最適な期間はわずか数日。
限られた時間で、何十本、何百本の授粉をこなさなければなりません。
人手不足もあり、作業スタッフの確保も難しくなっています。
矢野農園 矢野学さん
「1年の中で1週間だけ。「豊水」「幸水」と、どんどん花が咲く。今の時期を逃すと花が散ってしまい、授粉もできないのでいちばん大切な時期ですが、作業が重なるので大変です」
ことしはさらに大変な事態が。これまで利用していた中国産の花粉が使えなくなったのです。
去年、中国国内で果樹の病気「火傷病(かしょうびょう)」が発生。
花粉を通じて病気が広まるおそれがあるため、輸入がストップしてしまいました。
埼玉県農業技術研究センターによりますと、中国産花粉が使われている割合は全体の3割ほど。
こちらの農園でも急きょ、花粉採取用の木から自前で確保する花粉を増やし、乗り切りました。
農家は授粉作業だけでも大忙しなのに、花粉の確保にも追われることになりました。
矢野学さん
「ストックしていた分もあってなんとかなりました。まだ寒い時期で、花を摘んでいても手が痛くなるくらいで大変でした」
こうした課題を新しい技術で克服しようという動きが出ています。
そのひとつ、花粉を自動採取するコンバインです。
埼玉県農業技術研究センターと鳥取大学が5年間かけて独自に開発しました。
コンバインは梨畑に並ぶ木に沿って走行して枝を引き込みます。
機械の中では回転ブラシが一気に花をこそげ取っていきます。
機械の中で花が粉砕されてふるいにかけられると、花粉が入った雄しべの先端「葯(やく)」が回収されます。
集めた葯を専用の機械に入れて暖めると、葯が割れて花粉を取ることができます。
並んだ30本の木の片側から葯を集めるのにかかった時間は5分ほど。
手作業と比べると20分の1ほどに短縮されました。
開発にあたった鳥取大学農学部 野波和好 教授
「だいぶ見えてきたなという感じです。あとは外に落ちてしまう花などのロスを減らして、どれだけ回収率を上げられるか研究していきたいです」
埼玉県農業技術研究センター 島田智人 専門研究員
「農家にとって、花粉採取は負担が大きい。国内で安全な花粉を調達するために、専用の機械が必要です」。
さらに授粉作業も全自動化しようという研究も進められています。
カギを握るのはドローンとAI技術です。
取り組んでいるのは、宮代町にある日本工業大学基幹工学部の平栗健史教授と同志社大学のチームです。
その仕組みです。まず、カメラを搭載したドローンが飛び、花を撮影。
人工衛星の電波を受けたドローンは、画像と一緒に花の位置情報をコンピューターに送ります。
コンピューターではAIが画像を解析して授粉に適した花を選びます。
そのデータは花の位置情報とともに、今度は噴霧器を搭載したドローンへ。
最後に噴霧器を搭載したドローンが飛行して選ばれた花に花粉を噴射、授粉します。
飛行精度は数センチ単位。全て自動で動くことを目指しています。
日本工業大学 平栗健史 教授
「なるべく人の労力使わないで安定して栽培できる方法というと、我々がやってる技術が使えるんじゃないかと。花を対象にすると年に1回のタイミングに合わせて実験しなければいけない。うまくいかなければ、また1年後というところがシビアだと感じます」
研究を始めて2年。ことし4月、初めて梨畑での飛行実験が行われました。
まず、カメラを搭載したドローンが飛行し花を撮影。
左はカメラが撮った普通の画像、右はAIが解析した花の位置を立体的に表示した3Dの画像です。
花の位置を立体的に把握することで、授粉させる花をピンポイントで特定します。
この情報をもとに花粉を噴射するドローンが飛ぶ予定でしたが・・・。
花粉を噴射するドローンには花粉を入れたボトルや噴霧器を載せる計画です。
しかし、その重さやセンサーへの干渉、それに風などが影響して、飛行が安定しないことが分かりました。
今後、さらにドローンやセンサーの改良を進めることになりました。
最新技術を活用して、農家の負担軽減と安定生産につなげるための取り組みが続きます。
日本工業大学 平栗健史 教授
「システム上は完成していたのですが、自然環境の条件というのすごく影響して、今回はなかなかうまくいきませんでした。もう1年かけてさらに完成度をあげて、運用に耐えられるものにしていきたいと思っています」