さまざまなルーツを持つ外国人が多く暮らす埼玉県川口市。古くから鋳物業が盛んだったことから、戦後は海外からの移住者が増え、現在では外国人が市の人口の約6.6%(川口市統計より)を占める「多民族のまち」となっています。
そんな川口市では、旧正月など、これから新たな年を迎える外国人が多くいます。日本のおせちや雑煮のように、それぞれの外国人が食べている「新年グルメ」を味わうと、多様な正月のあり方が見えてきました。
(首都圏局/ディレクター 寺越陽子)
川口市で暮らす外国人の中で一番多いのは中国籍の人たち。市内には2万3000人以上(川口市統計より)が暮らしています。JR西川口駅の周辺には本場さながらの中国料理店がたくさん並び、「西川口チャイナタウン」と呼ばれています。中国人にとっての正月といえば「春節」。今年は2月10日です。春節に食べる「新年グルメ」を求めて、西川口チャイナタウンの中でも歴史が古く草分け的な存在のお店を訪ねました。
迎えてくれたのは、創業33年になる中国料理店の店主・山田慶忠さんと母の浩子さん。
こちらの店には春節の日に訪れたお客さんにサービスで出している特別メニューがあります。その名も「幸せを呼ぶ水ギョーザ」。なぜ幸せを呼ぶかというと・・・
ギョーザの具材は、豚肉やニラ、白菜ですが、これらに加えて「落花生」や「ナツメ」が入っているものがあります。スパイスと塩で味付けをした「落花生」が入っていれば「健康長寿」。乾燥した「ナツメ」を水で戻したものが入っていれば「子宝」に恵まれるとされています。食べた時に何が入っているかでその年を占うもので、まさに食べた人が幸せになれる水ギョーザというわけです。
山田慶忠さんの祖父は中国北部の山東省出身。日本人と結婚して川口市に移り住んできました。春節に幸せを願って食べる水ギョーザは、祖父の出身地である中国山東省のふるさとの伝統だといいます。山田さんは幼い頃から食べてきた家族の味をとても大切に思っています。
春節で家族みんなで集まった時に子どもから大人まで一緒に包むんです。僕も子どもの時から、父に教わりながらギョーザを包んで、自分が包んだものを食べるのがとても楽しみでした。そんな1年に1回しかない春節に食べる特別な水ギョーザを、お客さんにも「幸せを分けましょう」という気持ちで提供しています。
家族がみんなそろうってことはなかなかないけど、春節ではみんなが集まるんです。みんなが会えるってことは最高じゃないですか。その最高の日に、みんなでギョーザをつくって食べるのが楽しみなんです。だから、春節は、1年に1回の一番幸せな日なんですよ。
【「鋳物のまち」から「多民族のまち」へ】
山田さんの祖父の梁啓玉さんは、高度経済成長の頃に家族で来日し、川口市の鋳物工場で働きました。梁さんのような鋳物工場で働く外国人労働者は少なくなかったといいます。
かつて「鋳物のまち」として栄えた川口市。戦中から東北や沖縄出身の労働者によって工業地帯として発展し、戦後は山田さんの祖父のような外国人労働者が多くなりました。現在の川口市が「多民族のまち」となる土壌は古くからあったようです。
川口市に暮らす外国人のなかで2番目に多いのがベトナム人です。日本で暮らすベトナム人はこの10年で7倍以上※となり、川口市でも増加しています。特に、西川口駅の周辺では、新型コロナの影響で増えた空き店舗が次々とベトナム料理店や食料品店に変わっています
(※出入国在留管理庁統計より 2023年6月末と2013年12月末のデータで比較)
ベトナムは中国と同じ今年2月10日に旧正月「テト」を迎えます。そのテトに欠かせない料理が、ベトナムのちまき「バインチュン」です。ひとつの重さが1キロ以上と大きく、日本でなじみのあるちまきとはかなり違います。
西川口駅近くにあるベトナムの食材店で、バインチュンが売られていました。店には、日本では珍しいベトナムの食材がたくさん並びます。日本語の案内はなく、客のほとんどがベトナム人だといいます。
ベトナムの新年について教えてくれたのは、
来日して10年になる、店主のグエン・テイ・ハイさんです。
店で売っているバインチュンを作るところを見せてくれました。この店はハイさんを中心に来日した家族で経営しています。妹や従兄弟、叔父など、多くの親族が集まり、座組みになってバインチュンを作っていました。
テトは家族みんなが集まる1年で一番大事な日です。家族みんなでバインチュンを作って、先祖にささげるのが伝統なんです。家族でおしゃべりしながら作る時間がとても楽しみです。
【バインチュンの作り方】
<材料>
もち米、豆、豚肉
<つくり方>
①ラーゾンという葉をつかって、専用の型で、四角いうつわを作る
②うつわに、もち米→豆→豚肉→豆→もち米を、順番に入れていく
③葉でフタをし、しっかりと押しかためて、紐で結ぶ
④12時間ほど③を蒸して、できあがり
長期間蒸したバインチュンは常温でも保存がきくので、テトの間は料理をせずに、これを食べて家族みんなでゆっくりすごすのだといいます。日本のおせちにも通じるところがあります。
「国家を持たない最大の民族」といわれ、日本に2000人以上いるとされるクルド人の多くが、川口市とその周辺で暮らしています。
クルドの新年は、春分の日にあたる3月20日。「新しい日」という意味を持つ「ネウロズ」という祭りで祝います。民族衣装で着飾って踊る、クルド人にとって1年で一番大事な日です。それぞれがクルドの食文化を象徴する家庭料理を食べます。
そんなクルドの家庭料理を学べるのが、川口市の住宅街にある「ROJI NO KOUBOU(ろじのこうぼう)」。クルドの文化を伝える活動をしている中島直美さんが自宅で開いている料理教室です。こちらでは月に数回、ボランティアのクルド人女性たちが料理を教えてくれます。
定員に空きがあれば誰でも参加できるこの料理教室。川口市内だけでなく、東京や神奈川から参加する人も多いそうです。料理の身支度のために貸してくれるスカーフは、クルドの伝統の飾り「オヤ」がついたもの。色とりどりのスカーフを頭にまとって、少人数のアットホームな雰囲気のなか、クルド料理を全く知らない人でも楽しみながら学ぶことができます。
インターネットのホームページで参加者を募集していますが、そのなかで「持ち物」のところに「楽しむ気持ち」と書いてあるんですね。かしこまって料理を習いに行くという感じではなく、気軽に楽しみに行こうという気持ちで来てもらえればと思っています。食卓を囲んで、作った料理を味わい、みんなでいろんな話をして交流できたらいいなと考えています。
今回教わったのは、羊肉と白いんげん豆の煮込み料理「ファスレフシク」です。その作り方をご紹介します。
【クルドの家庭料理「ファスレフシク」作り方】
<材料(4人分)>
●白いんげん豆 200g
●骨付き羊肉 200g
●サルチャ(クルドのトマト発酵調味料)大さじ1
●ブラックペッパー 小さじ1
●唐辛子フレーク 小さじ1
●塩 小さじ1
●オリーブオイル 大さじ3
●玉ネギ 1個
●粉末にしたミント 小さじ1
<つくり方>
◎白インゲン豆は前日の晩から水に漬けておく
◎骨付き羊肉は鍋に入れ、ひたひたの水で柔らかくなるまでゆでておく
①漬けておいた白インゲン豆を鍋に入れ、弱火で30分柔らかく煮る
②湯切りした①を骨付き羊肉の鍋に加える
③香辛料スパイス(サルチャ、唐辛子フレーク、ブラックペッパー)を②に入れ、
10分くらい火にかける
④フライパンにオリーブオイルを入れ
みじん切りにしたタマネギと粉末にしたミントを加えて炒める
⑤③にアツアツの④を入れて、できあがり
クルド料理の特徴は、オリーブオイルや香辛料を、たっぷりと使うこと。そして、イスラム教徒が多いことから、豚肉は食べず、羊の肉をふだんからよく食べます。材料には、サルチャ、粉末にしたミントなど、日本人にとってなじみの薄いものもありますが、川口市内にはこうした食材を売っている「ハラールフードショップ」がたくさんあり、簡単に手に入れることができます。
多くの外国人が暮らす川口市では、ほかにも様々な国の「新年グルメ」を味わうことができます。
タイは4月に正月「ソンクラーン」を迎えます。そのお祝いのメニューとしてタイ全土で食べられているタイ式の焼肉料理が「ムーガタ」です。
ムーは「豚肉」、ガタは「浅い鍋」という意味で、真ん中が高くなった専用の鍋で、真ん中の高い部分で肉を焼き、周りの鍋の部分にスープを入れて、野菜を煮て食べる料理です。
(※川口市にあるタイ料理店で事前の予約をすれば食べられる。2人前4500円)
「ソンクラーン」には、仕事などで実家から離れて暮らしている子どもたちが帰ってきて、家族が集まります。朝、家の近くにあるお寺にお参りしてから、ムーガタなどの料理を家族で一緒に食べます。特殊な形をした鍋ですが、どの家庭にもこの鍋がありますよ。お年寄りから赤ちゃんまで、みんなに人気のメニューなんです。
(川口市内のタイ料理店・プタジャン・アパサラワンさん)
バングラデシュも4月に新年「ポヘラ・ボイシャキ」を迎えます。そこで食べる新年グルメが「パンタバート」です。
「パンタバート」は、「イリッシュ」という魚のフライと水かけご飯に付け合わせがついたプレートです。ご飯はふだんは温かいものを食べますが、新年は炊いたご飯を水につけておき、やわらかくしたものを、生の唐辛子と炒めた唐辛子、生タマネギと一緒に食べます。
(※川口市にあるバングラデシュ料理店で事前の予約すれば食べられる。1人2000円)
ポヘラ・ボイシャキには家族親戚がみんな集まって祝います。仕事は休み、街中は祝賀ムードに包まれ、カラフルに飾り付けされ、にぎやかな日になります。「パンタバート」は伝統の正月料理ですが、手間もかかるので、近年は自分たちで作って食べる人が減ってきています。日本と同じでバングラデシュでも新年の過ごし方が変わってきているんですよ。
(川口市内のバングラデシュ料理店責任者 バルマン・プラーラドさん)
通りを歩けば、至るところからさまざまな外国語が聞こえます。
スーパーにはアヒルや食用ガエルの肉が並び、中国や韓国、ネパールやベトナムなどの飲食店の看板が次々と目に飛び込んできます。ここは本当に日本なのだろうかと思うほど、多様な文化があふれています。みなさん、埼玉県川口市に足を運んでみませんか?