埼玉県の北部にある熊谷市。夏の暑さで知られていますが、冬は「赤城おろし」が吹きつけます。赤城山から吹き下ろす“からっ風”。冷たくて寒くて、やっかいものかと思いきや、その風をうまく生かしている人たちを訪ねてきました。
(NHKさいたま放送局 猪﨑那紗キャスター)
熊谷市北部の妻沼(めぬま)地区。利根川の向こうは群馬県、北西には赤城山がそびえます。妻沼地区には、冬から春にかけて、赤城山から冷たいからっ風の「赤城おろし」が吹きつけます。ときには風速15メートルを超すこともあるそうです。
「赤城おろし」を求めてやってくるのがウインドサーファーです。夏は海でウインドサーフィンを楽しむ人たちが、冬は利根川に集まってくるんです。
神奈川県横須賀市出身の梅川努さんは、数日後に控えたウインドサーフィンの大会に向けて利根川でトレーニングを重ねています。
400メートルほどある川幅を岸から岸まで疾走して折り返します。スピードは時速40キロにもなることもあるそうです。
この日は、ボードを180度回転させたあとセールを1回転させる「スポック」という難易度の高い技を繰り返し練習していました。セールに受ける風が強いほど、スピードに乗って迫力が出るそうです。
「川だと距離が限られているので、何回も反復練習ができて、とてもいい感じです」と梅川さんは話してくれました。
次に訪ねたのは、利根川の河川敷にある妻沼滑空場。学生のためのグライダーの練習場です。赤城山からの風を正面に受け、高く舞い上がることができます。
滑空場に集まっていたのは慶応大学体育会航空部の皆さん。全国に60近くある大学の航空部のなかでも、全国大会で何度も優勝している強豪です。
グライダーは翼の長さが18メートルあります。操縦席にある操縦かんを操作すると、後ろにある水平の尾翼が動く仕組みです。
グライダーの前の部分につないだワイヤーを滑空場に設置されたリールのような機械で一気に巻き取って離陸します。高度が500メートルほどに達したら、ワイヤーを切り離して自由飛行に移ります。
この日、フライトに挑戦したのは4年生の麻谷悠貴さんです。ことしの春に卒業し、旅客機のパイロットになる道を進みます。
左いっぱい、ラダー、右いっぱい、左いっぱい、いっぱい。出発!
麻谷さんは上昇気流を見つけると、機体を傾けて旋回しながら風に乗り、高度を上げていきます。
操縦席からは利根川や関東平野を囲む山々が見渡せます。
高度1000メートルまで上昇することもあるそうですが、強い風を受けるため、慎重に操縦しなければならない場面もあると言います。
「景色を見るとすごく楽しいです。ただ一方で、グライダーがあおられてしまうことがあるので緊張感はあります。将来はまずは安全第一で運航して、信頼を寄せられるような旅客機のパイロットになりたいと思います」
(慶応大学体育会航空部 麻谷 悠貴さん)
空の次は、広大な畑を訪ねました。ちょうど“妻沼ねぎ”が収穫の最盛期を迎えていたからです。
地元の農家の4代目、大島正さんは、父の茂さんと一緒に長年、妻沼ねぎを育ててきました。大島さんは、赤城おろしがこの地域のねぎをおいしくしてくれると話してくれました。
「赤城おろしの冷たい風が吹くことで、ねぎが凍らないで糖分を蓄えるので、甘さにつながってくるんです」
(ねぎ農家 大島 正さん)
地域のブランド野菜にもなっている妻沼ねぎ。とてもやわらかくて、みずみずしい感じがしたので、思わずそのまま食べてみました。
口に含んだ瞬間はフルーツのような香りがしましたが、だんだんと、そして、一気に貫くような辛さがやってきて、鼻の通りがすごく良くなりました。でも、とてもおいしいかったです。
大島さんに、お勧めのネギの食べ方を教えてもらいました。ねぎを丸々1本、周りが真っ黒になるまで焼き上げ、醤油を少しかけていただきます。食べてみると、とろとろでシャキシャキの食感、そして、すごく甘くなって、生で食べたときの辛みがまったくなくなっていました。
「熱を加えると辛さが全部甘くなるんですよ」と大島さんが教えてくれました。
赤城山から吹き下ろす「赤城おろし」。冷たい空っ風を上手に生かして、冬の恵みとして楽しむ素敵な人たちに出会うことができました。