最近、よく耳にする「部活動の地域移行」。
中学校の休日の部活動を地域のスポーツクラブなどで実施するというものです。
課題となっているのは指導者をどう確保するか。
先行して取り組んでいる埼玉県戸田市を取材しました。
さいたま局記者/永野麻衣
平日は学校で顧問の指導で行っている部活動を、休日は地域のスポーツクラブなどで外部の指導者の元で行うという、部活動の地域移行。
長時間労働が問題になっている教員の働き方改革や、少子化で部員の数がそろわなくなっていることなどが、背景にあります。
埼玉県では、国のモデル事業として、戸田市、さいたま市、白岡市の3つの自治体で試験的に実施されています。
戸田市立新曽中学校では、10月から陸上部と剣道部で地域移行がスタートすることになりました。
委託される民間企業は、指導者を公募して採用するところから部活動の運営まで担います。
この企業、生徒にしっかりと向き合える指導者の育成に力を入れています。
陸上部に指導者として派遣されることになった力石隆広さんと山形今日子さんへの研修が行われました。
2人とも地域のスポーツクラブで、子どもを指導してきた経験があります。
しかし、学校の部活動では生徒の競技へのモチベーションやレベルはさまざま。
お金を払って通ってくるスポーツクラブの子どもへの指導とは、少し違うようです。
力石隆広さん
「部活動では、運動不足の解消や仲間と一緒に楽しく過ごしたいなどさまざまな目的をもった生徒がいるので、『練習しなきゃだめだよ』と一律に言うのではなくて、目的を把握して練習内容を提案していきたい」
山形今日子さん
「陸上をもっと頑張りたいという子ばかりではないと思うので、陸上が楽しいんだ、運動するのは楽しいんだ、もっとやってみようと思えるようにしてあげたい」
この日の研修では、力石さんが考案した練習メニューでロールプレーを行いました。
生徒役は、この企業の社員です。
力石さんが始めたのは馬跳びです。2つのチームを競わせました。
生徒たちと打ち解けようと遊びの要素を取り入れました。
負けたチームには、やる気を出してもらうために腕立て伏せをさせました。
しかし、企業の責任者からは、負けた方に腕立て伏せをさせるのは配慮に欠けるという指摘が。
企業の統括責任者
「みんなが立っているところで数人に腕立て伏せをさせるのは、精神的にも苦しい生徒もいるのかなと思うので、配慮が必要」
一方、ミニハードルを使った練習では、力石さんは、うまくできた生徒に「いいですね」などと繰り返し声をかけて積極的に褒めました。
「中学生ぐらいになるとできないということがすごく恥ずかしくて、周りにできないことを見せたくない生徒がたくさん出てくる。あまり思い切ってできない時に褒めてもらえるとすごくうれしいので褒めることは大事」
「生徒への接し方はすごく大事で、ことばはすごく生徒に響くので、なるべくポジティブなことばを使いたい」
この企業は、指導者が部活動での指導を始めたあとも、定期的に統括責任者が巡回して練習の様子などを確認します。
繰り返しフィードバックすることで指導者の質を高めていこうとしています。
戸田市から委託された企業 川名浩之さん
「指導者として安全面に配慮したり責任感をもったりすることは最低限必要だが、子どもたちの環境をよりよくしていくことが非常に重要だと考えている。そのためには、日々、振り返り、向上していくことが重要」
実際に新曽中学校に指導に訪れた力石さん。
緊張気味だった生徒の様子を見て始めたのは、馬跳びです。
チームに分けて競い合わせましたが、腕立て伏せはさせません。
「遊びだから楽しんで」と声をかけて生徒たちを励ましました。
力石さんは専門的な知識を元に、走るときの足の運び方や腕の振り方など、ていねいに技術を教えます。
一方的に教えるだけではなく、生徒とコミュニケーションをとり、褒めることも忘れませんでした。
「足を置くとき大事なのはなんだと思う?」
「真下」
「どこの真下?」
「体の」
「そう、体の真下。すごいね!」
生徒
「いつもよりきついトレーニングになったりするのではないかという不安な気持ちもありましたが、トレーニングについて一歩深いところまで知ることができて、ありがたいと思っています」
力石隆広さん
「できたところはしっかり褒めて、課題に関してはポジティブな気持ちを伝えることができた。生徒たちにもう一度、陸上の楽しさを知ってもらいたい」
戸田市は2つの部活動での取り組みを検証したうえで、地域移行を本格的に実施することにしています。
ただ、市立中学校6校には運動部だけで71あり、すべての部活動で今回の民間企業のように、ていねいに生徒たちと向き合える指導者を確保するのは難しいといいます。
戸田市教育委員会教育政策室 野口修男 指導主事
「指導者を派遣するには報酬が発生するので、すべての部活動で地域移行するとなるとかなりの予算が必要になってくる」
部活動に詳しい 早稲田大学スポーツ科学学術院 中澤篤史教授
「指導者の確保は全国的みられる最も大きな課題といってもいいかもしれません。子どもを安心して預けられるような資質や能力を兼ね備えた指導者が何人いるのか、どこにいるのか。現場が動いていくプロセスに国も伴走しながら、うまくいかないところには適切なサポートをしていくべき」
戸田市が地域移行を始める前に実施した保護者への説明会で、最も多く寄せられた声は「費用負担がどうなるか」だったそうです。
今年度、戸田市は国のモデル事業として、すべての費用を補助金でまかなえました。
しかし、地域移行を本格実施する際は、それぞれの地域で費用負担の議論が進められることになります。
保護者の負担が増えることになれば、部活動の参加をあきらめる生徒も出てくるかもしれません。そうならないように、どう支援するかも課題となります。
課題山積の部活動の地域移行。引き続き各自治体の取り組みを注視していきたいと思います。