畜産のエサである飼料の高騰が続くなか、埼玉県加須市の33歳の若手農家が飼料用米の栽培に取り組んでいます。逆境を逆手にとって、荒廃する都心近郊の水田を守ろうという新たな戦略について取材しました。
(NHK首都圏放送局 ディレクター/関根幸千代)
埼玉県嵐山町に21万羽のニワトリを飼育している養鶏場があります。1日に使う飼料は23トン。おととしの秋以降、トウモロコシなど輸入飼料が高騰し続けているため、月の飼料代は2倍近くに跳ね上がりました。卵の価格が上がらないなか、このままでは経営が成り立たくなるといいます。
こうしたなか、救いとなっているのが国産の“飼料用米”です。安くて価格が安定しているため、7年前から輸入トウモロコシの代わりとして一部に使用してきました。当時でもトウモロコシに比べて1トン当たり1万円程度安かった飼料用米ですが、今はその差が4万円になっているといいます。
飼料のなかで飼料用米だけ価格が変わっていません。ほかの原料はほぼすべて、価格が上がっていますので、今となっては、なくてはならない存在になってきています。
(養鶏場職員 江森大也さん)
飼料用米を作っているのは、埼玉県加須市の農業法人の代表を務める中森剛志さん(33歳)です。高校生のときから“食料の安全保障”に関わる仕事に携わりたいと農業を志し、7年程前に東京から移住しました。中森さんは、加須市など埼玉県北部を都心の”関東穀倉地帯”と呼んでいます。この地域の水田を守っていくことが食料安全保障の最善の道だと考え、人生をかける場として選択したといいます。
当初、10ヘクタールで始めた農地は180ヘクタールにまで拡大しました。埼玉県でも農業の担い手不足は深刻で、300軒以上の農家から農地を引き継いだのです。20代から30代の若者8人と一緒に東京ドーム40個分以上の広大な農地で、コメや大豆、麦などを作っています。このうち全体の3分の1にあたる60ヘクタールで飼料用米を生産しています。
特にことしに入ってから“飼料用米をください”という問い合わせが多くなり、(生産できる量にも限りがあるので)断っているくらいです。日本人がコメを食べる量は毎年減っているので、選択肢の一つとして飼料用米を作っていくというのは、大事なことだと思っています。
(農業法人代表 中森剛志さん)
飼料高騰の終わりが見えない今こそ、中森さんは、飼料の国産化を推し進めるタイミングだと強く感じています。実は中森さん、以前から取引先の嵐山町の養鶏場に“子実コーン”と呼ばれる国産の飼料用トウモロコを使ってほしいともちかけていました。卵の品質を維持するにはコメだけでなくトウモロコシのエサも欠かせません。この養鶏場でも全体の35%は輸入トウモロコシに頼っていました。
中森さんは養鶏場に、高騰している輸入トウモロコシより安く、安定した価格で提供する努力をすると伝えて契約をとりつけ、ことし初めて20ヘクタールでトウモロコシの作付けを行いました。トウモロコシはコメに比べて水の管理の必要がないことから、中森さんのような大規模農家にとっては、作業効率も上げてくれる作物だといいます。
国内でエサをつくることは食料自給率に貢献することになります。畜産業者も助かるし、僕らも農地をいかせるので、何とかして確立したいと思っています。
(農業法人代表 中森剛志さん)
養鶏場では、ほかの農家にもトウモロコシの作付けを依頼して、より多くの国産飼料を確保したいと考えています。国産飼料を豊富に使ったエサで育てたニワトリが生む卵として付加価値をつけることで、収入の確保を図ろうというのです。
国産のトウモロコシを使っている養鶏場はほとんどいないですから、生き残りをかけるとなったときに(中森さんの話を聞いて)”これだ”と思いました。
(養鶏場職員 江森大也さん)
中森さんは、取引先の畜産業者から家畜のふんを提供してもらい、すべての農地でたい肥として利用しています。肥料の原料の輸入価格が値上がりしているうえ、たい肥を使った有機農業は安心で安全な農業を続けるために欠かせないと考えているからです。作業に手間はかかりますが、有機栽培のコメは通常のコメより2倍近い高値で売れるといいます。
消費者の方への安心感も大切ですが、僕が有機農業に力を入れる第一の目的は食料安全保障です。輸入に頼らず国内の肥料だけで行う有機農業は、食料安全保障としての価値も高いと考えています。
(農業法人代表 中森剛志さん)