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「いつウクライナに帰っても踊れるよう」バレエダンサーの思い

  • 2022年05月10日

「いつキーウに帰っても、プリンシパルとしての姿を見せられるように」。ウクライナのバレエ団で活躍していた埼玉県出身の長澤美絵さんは、ロシアの軍事侵攻を受けて帰国を余儀なくされました。ロシアへの留学経験もある長澤さんは複雑な思いを抱えながら踊り続けています。

(さいたま放送局 所沢支局 高本純一)

キーウのバレエ団のプリンシパル 2月に帰国

長澤美絵さん(36)は埼玉県鳩山町出身。国際的に活動しているウクライナのバレエ団「キーウ・クラシック・バレエ」でダンサーの最高位、プリンシパルを務めています。現在は、所沢市のNBAバレエ団でレッスンを続けています。

ロシアによる軍事侵攻を受けて、同じバレエ団に所属するウクライナ人の夫、エフゲニー・ペトレンコさん(28)と、長男とともに、2月から東松山市にある実家に身を寄せています。

長澤美絵さん
「大好きなウクライナの家族、友達、劇場すべてがほんとに心配です。願いは1つで、1秒でも早く戦争が終わって、平和な暮らしに戻ってもらいたい」

ロシア留学からウクライナのバレエ団へ

2歳の時からバレエを始めた長澤さんは、高校時代はほぼ毎日、東京のバレエスクールに通い、終電ぎりぎりまで練習する日々を送りました。

努力が実り、高校3年生の時に、憧れだった名門「ロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミー」に留学。2年間、厳しい指導を受けながら、バレエ漬けの日々を送りました。

長澤美絵さん
「日本では、学校が終わってからバレエスクールに通っていたので、朝からバレエができるのが、すごくうれしいのと同時に不思議な感じがしました。レッスンは厳しかったし、ことばの壁もあったので大変でしたが、帰りたいとは1度も思ったことはありませんでした。上半身の使い方だったり、顔のつけかただったり、そこで学ばせてもらったことは、いまの基礎になっていると思います。ロシアのバレエのスタイルがとても好きで、向こうの劇場で働きたいという思いが強くなりました」

しかし、ロシアでプロになる夢はかなわず、19歳の時に帰国。身長1メートル55センチで、小柄なことがネックだったといいます。

長澤美絵さん
「オーディションに落ちるたびにすごいショックでしたけど、いま考えると、私をウクライナに導いてくれるための運命だったのかなと思っています」

日本に帰国後の発表会で、ウクライナ人のダンサーに出会ったのをきっかけに、翌年にはウクライナ・ドネツクのバレエ団に入団。そこで飛躍の機会を得ました。

長澤美絵さん
「ものすごく厳しくて、たくさん泣きました。『ミエは背が小さいから人一倍あげろ、人一倍飛べ、人一倍大きく動け』と、たくさんのことを教えていただきました。例えば、舞台の時の髪の結い方でさえも、1センチ、1ミリが大事だとか、足を長く見せられるためにも『衣装の1センチ、1ミリが大事なんだよ』ということも教えてもらいました。いま考えると、ものすごく貴重な経験で精神も鍛えられました」

突然断ち切られたウクライナでの日々

長澤さんとペトレンコさん

さらなるステップアップを目指して、キーウのバレエ団に移った長澤さんは、ついにプリンシパルの座をつかみとりました。

同じバレエ団のペトレンコさんとは6年前に結婚。去年、長男が誕生し、充実した日々を送っていました。

しかし、17年に及ぶウクライナでの生活は突然、断ち切られました。ロシアによる軍事侵攻の直前、日本の大使館から要請を受け、悩んだ末、いったん帰国することを決めました。

ウクライナとロシア、双方にゆかりがある長澤さんは、複雑な気持ちを抱いています。

長澤美絵さん
「いまの自分があるのはワガノワ(ロシアのバレエアカデミー)で学ばせていただいたおかげなので、やっぱりロシアにもお世話になってます。だから余計、最初はものすごく悲しかったし、複雑な気持ちです。彼らが真実を知ってくれてるのかなととても気になります。早く平和になってもらいたいです」

ウクライナの家族を気遣いながら

いま3人は長澤さんの実家で暮らしています。長男のブライアンくんは、日本で1歳の誕生日を迎えました。

初対面だった長澤さんの母親にもなついて、元気に過ごしています。

当初は、すぐにウクライナに戻るつもりでしたが、いまもそのメドは立っていません。ウクライナ国内で避難しているペトレンコさんの家族とは頻繁に連絡を取り合い、お互いの無事を確認し、励まし合っています。

エフゲニー・ペトレンコさん
「毎回、テレビ電話で彼らの顔を見ることができて、安心します。きょうも、笑顔を見せてくれましたけど、たまに涙を流したりするし、みんな心のどこかで心配しています。ウクライナの人たちのことを常に考えているし、いつも寝る前に、ほんとにすべてがうまくいくようにと必ず祈ります」

「どんな状況になってもレッスンだけは」

日本での避難生活が続く中、長澤さんは、ペトレンコさんとともに、舞台に立つ準備を欠かしません。

長澤美絵さん
「どんな状況になっても、レッスンだけは絶対に続けていこうと思っていました。それが自分の使命、人生だと思っています。いつキーウに帰っても、いままでどおりに踊れるように、プリシンパルとして姿を見せられるようにという気持ちはいつもあります」

「踊ることでウクライナを支えたい」

5月5日、2人は日本に避難してから初めて、長野県伊那市で行われた公演で舞台に立ちました。

以前から交流のあったバレエ学園の発表会に招かれての出演でした。

長澤美絵さん
「当たり前に行っていた公演ができなくなっていたので今回、久しぶりに演じることができて本当に本当にうれしいです。私は踊ることでウクライナを支えていきたいと思っています。それが何らかの形で支援につながってくれたらと思います」

長澤さんとペトレンコさんは、今後もウクライナを支援するチャリティ公演などに出演を予定しています。

ウクライナの家族とともに
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