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孤独死を見続けた元警察官がつくった老人施設 川越市

  • 2021年11月04日

ことし7月、埼玉県川越市に、音楽に触れることで高齢者が生き生きと過ごすことができるデイサービス施設がオープンしました。運営するのは埼玉県警の元警察官の上野 拓さんです。約40年にわたる警察人生で数多くの孤独死の現場に立ち会ってきた上野さん。「少しでも多くの人が老後を幸せに暮らしてほしい」と警察を早期退職し、ゼロから施設を立ち上げました。
(さいたま局 キャスター 岩崎 愛)

川越市の郊外にあるデイサービス施設「KEION」。もともとレストランだった建物を改装したという施設は、一見するとカフェと見間違うようなおしゃれな外観です。入り口にはピアノがあり、奥はドラムやギター、アンプ、マイクスタンドなどが置かれた防音仕様のスタジオになっていました。

10人あまりの利用者が午前9時半から午後4時半まで、昼食やおやつをとりながら、楽器を演奏したり、歌ったりして自由に過ごします。私が訪れた日は、ギターと三味線の生演奏をバックにラジオ体操を楽しんでいました。

利用者のためにギターを演奏していたのが、施設を運営する上野 拓さん(59歳)です。実は上野さん、去年まで埼玉県警察本部の警察官でした。高校を卒業後、1981年に警察官になり、約40年間、主に鑑識係を務めてきました。上野さんが高齢者福祉に身を投じようと考えたきっかけは、長い警察人生のなかで立ち会ってきた1000件近くの孤独死の現場です。

孤独死した方のご遺体だけじゃなくて、その方の近況だとか状況を捜査するんですね。身内がいてご遺体を引き取ってくださる家族がいる方もいますが、誰も身内がいなくて、ずっと1人だった方もいる。そういう方を見ると、この人、本当に幸せだったのかなっていうふうに思ったんですね。

デイサービス施設 KEION(ケイオン)

ロックに熱中した警察官

“人生の幸せとは何か”を考えるようになった上野さんがたどり着いた答えの1つが音楽でした。中学生の頃からギターの演奏を始めて、ロック音楽に夢中になりました。埼玉県警では初めての軽音楽サークルを結成し、介護施設などで演奏活動を続けてきました。

サークルには、若い人もいれば、定年退職間際の先輩もいました。音楽というものは年代が違う幅広い人たちが1つになれる。そういう体験をしてきて、私も定年が近くなって自分の老後を考えたとき、音楽に夢中になれればいいなと思ったことと、音楽を通じて老人の方たちとつながることで社会貢献ができるんじゃないかと考えて、デイサービスという発想になっていったということですね。

警察官時代の上野さん

ゼロからの立ち上げ

「音楽を通じて、老化や認知機能の低下を防ぎたいー」

警察官を早期退職して、デイサービス施設を立ち上げることを決意した上野さん。しかし、施設をゼロから立ち上げるのは容易なことではありませんでした。会社の設立や書類の申請、物件選びから職員の募集まで、苦労の連続だったといいます。

やはり警察官なんで、警察を辞めたあとのつぶしがきかない、いわゆる警察以外のことはできないってよく言われているんですね。それこそ“株式会社ってどうやって作るの?”から始まって、介護福祉の申請には莫大な書類の申請が必要なんですけれども、警察官のときにつくっていた書類と違って要領がわからず、もう何十回と市役所に足を運んだりしました。

上野さんの熱意に、当初は反対していた親せきや家族も手伝うようになってくれました。工事が遅れて、施設のオープンが3か月遅れたことで、資金繰りに奔走することもありましたが、近くの学校からピアノの寄付を受けたり、音楽仲間からアンプを贈られたりするなど、多くの仲間の手助けで、なんとか乗り切ることができました。

音楽を通じて幸せな老後を

新型コロナウイルスの感染拡大で思うような外出ができなかったことしの夏。上野さんは、利用者を集めて施設で盆踊り大会を開きました。上野さんや施設の職員が「炭坑節」を演奏するなか、利用者は思い思い浴衣を着て踊りを楽みました。「体動かすことがないから、すごく楽しかったです。すかっとしましたー」 利用者の1人はこう話してくれました。

少子高齢化が急速に進む日本。バンドブームやバブルを経験した人たちがまもなく65歳を迎えます。多様な価値観を持った人たちが老後を幸せに暮らすためには、一人一人の尊厳を尊重した介護が必要で、音楽にはそれを実現する力がある、と上野さんは考えています。

デイサービスらしくないというところもあるでしょうけれど、楽しい施設だということを体感していただいきだい。来ていただければ、それがわかると思うんですね。音楽のすべての機能を活用して、“利用者がいま何を求めているのか?”“何が幸せなのか?”“どうしたいのか?”ということをある程度の時間をかけて把握しながら、その人たちにあった福祉活動をしていきたいと思っています。

キャスターからひと言

デイサービス施設「KEION」は、入浴サービスはしていませんが、地元の食材を使った昼食の提供や車での送迎も行っています。利用者のなかには楽器の演奏の経験がまったくない人もいましたが、施設の自由な雰囲気のなかで、それぞれが自分にあった楽しみを見つけているようでした。

「熱中できることがあることが、幸せなんです」と繰り返し話してくれた上野さん。音楽に熱中できたからこそ、警察官を辞めて、畑違いの福祉の世界で夢を実現させることができたんだと感じました。

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