ページトップへ

リポート・企画

世界の舞台へ “駆ける” ~パラ陸上男子100m 井谷俊介選手~ 1月7日

来年に迫った東京パラリンピック。いま 最も活躍が期待されるアスリートの1人が、陸上男子100mの 井谷俊介選手です。本格的に競技を始めておよそ1年で、去年(2018年)、アジアパラ大会で優勝。2020年に向けて さらなる飛躍をめざす 井谷選手を取材しました。

 

パラ陸上、期待のアスリート、井谷俊介選手(23)。

去年10月、アジアパラ大会 100メートルの、足に障害があるクラスで優勝を果たし、一躍 注目をあびました。

「東京パラリンピックに近づけた。すごくうれしい。達成感でいっぱいです」

 

子どものころからスポーツが得意だった井谷選手ですが、大学2年生のときに、バイクの事故で緊急入院。右足の膝より下の部分を失いました。

絶望のどん底にいたという井谷選手。転機になったのは、母親、久美子さんからのアドバイスでした。

今後の生活の励みになればと、義足のランナーが集まるクラブを勧められたのです。

 

初めて義足で走った時には・・・

『走っていいよ、軽くね。ポンポンって・・・おお!走った!』

「『あまり走ったらだめ』と言われたが、楽しいから もっとずっと走っていたくなる。子どもの心に戻ったような気持ち」

陸上にのめりこみ、持ち前の運動能力で、頭角をあらわしていきます。

 

そして、日本代表として迎えた、アジアパラ大会。決勝を前に、母親と交わしたやりとりでは・・・

『夢も希望ももらえた!背中を押してくれてありがとう!』

『まだまだ夢の途中ですよ~。今からです!』

 

結果は11秒75で優勝。アジアの頂点に立ちました。

「母親が、陸上コミュニティーのことを言わなかったら、陸上競技には出会わず、今頃、何もしていない ただの23歳だったかもしれない。母親が喜んでくれることが モチベーションにつながる」

 

アジア王者となった井谷選手。次に見据えているのは、世界です。

去年11月には、イベントで60メートルのレースに出場し、世界記録を持つアメリカ人選手の速さも体感しました。

 

そしていま、体の変化にも対応しようとしています。

この日はトレーナーの仲田 健さんと、膝の痛みについて話し合いました。

井谷「けっこう痛いっす、ビリビリってくる」

仲田「これで痛いの?しびれがきているの?」

 

原因は、骨の成長にありました。

切断直後の画像では、骨の断面がまっすぐになっていましたが・・・その後、骨の先が伸びて義足が合わなくなり、痛みを引き起こしていたのです。

「手術となったら、予定が狂ってしまう。そうなったら筋力も落ちるし、戻すのにも時間がかかる・・・」

義足の内部を削るなど、脚の形に合わせて調整し、痛みが出ないようにしました。

 

現在、取り組んでいるのが、徹底した筋力トレーニングです。

義足の右足で、50kg以上の重りを持ち上げるトレーニングを繰り返し、スピードアップを狙っています。

 

井谷選手は「“メダルの色” を最近言われるが、単純にメダルが欲しい。僕を支えてくれた方々に来てもらい、最高の結果で目の前で走りたい」と話していました。