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十代目・松本幸四郎さん コロナ禍に歌舞伎で「夢を図る」

  • 2021年1月15日

歌舞伎の世界も新型コロナウイルスの大きな影響を受けています。舞台の中止、観劇スタイルの変化、そして伝統芸能のあり方も問われていると言っても過言ではありません。
こうした中、十代目・松本幸四郎さんは去年、舞台をオンラインで配信するなど新たな取り組みを行ってきました。その思いは、コロナ禍に歌舞伎で「夢を図る」こと。いったいどういうことなのでしょうか。
(ひるまえほっと・おはよう日本で放送したインタビューを再構成しました)

壽 初春大歌舞伎

1月2日、歌舞伎座で「壽初春大歌舞伎」公演が初日の幕を開けました。十代目松本幸四郎さん(48)が演じるのは人気演目「菅原伝授手習鑑」の「車引」です。

父・松本白鸚さん、長男・市川染五郎さんと共に、菅原道真の流罪に翻弄される三つ子の兄弟を、三世代で演じるというとても貴重な舞台です。

生まれて初めて静かなお正月

新年にかける思いを伺ったのは1月5日、舞台の合間にスタジオにお越し頂きました。会話の冒頭から、忙しそうな様子が伝わってきました。

「1月8日は、お誕生日だそうですが、おめでとうございます」

「(少し驚いた様子で)あぁ、そうでしたね」

「2021年の今年のお正月は、いかがでしたか?」

「例年ですと元日は、お年始回りをして、父の家に行ってあらためて家族でお祝いするのが例年なんですが、今年は俳優協会で「ことしに限りやめましょう」とうことで、逆に生まれて初めて静かなお正月、元日でした」

この1年、歌舞伎の世界も新型コロナウイルスの影響を大きく受けてきました。
感染の第1波で3月の舞台が中止。8月にようやく舞台公演が再開しても、感染対策として客席は前後左右を空けて半数に減らし、入場時の検温、マスクの常時着用。歌舞伎につきものの「大向こう」と呼ばれる掛け声をしないなど、観客に協力を求めざるをえませんでした。

歌舞伎座 1月2日

松本幸四郎さん
「去年3月に歌舞伎座で出演する予定で稽古初日の直前までいったんですが、コロナで中止になり、それ以降決まっていた舞台が4月5月6月7月と中止になりました。いつ開くのか、正直途方に暮れた日々を過ごしていました。
日が暮れる時間になって、『きょうは全然外に出ていない』ってことに気づいてびっくりするという。普段なら、なにかしら用事があって外に出るんですが『1日出ない日があるんだ』っていう自分にびっくりしました」

ありあまる時間の中でパン作りなどにも挑戦したという幸四郎さん。さらに、髪の毛を染めた時の写真も見せてくれました。

「とにかく時間があって、どうしていいのだろうかってことで。パンを焼いてみたり、本棚を買い変えてみたり、それと、髪の毛を染めてみたり。みなさんの前に出ることがないので、それこそ今がチャンスだと思って。でもこの写真、NHKではギリギリですよね」

一度も会わずにみんなで踊る奇跡

もちろん、本業のことも忘れてはいません。
幸四郎さんが発案したプロジェクト「夢を追う子になろう」がそのひとつです。
「舞台が無ければ俳優は何も出来ないのだろうか?」という幸四郎さんの問いかけから始まったこの試みは、幸四郎さんが独自の振り付けの動画を公開。それを見た人たちから同じように踊った動画を送ってもらい一つの作品に仕上げるというもので、7月に動画が公開されました。

「(ステイホームで)体を動かすことをしていない時だったので、リズムにあわせて体を動かして汗をかこうと踊りを作りました。100人以上が参加して、私は東京ですが、全国の人たちが同じ踊りを一緒に踊ることができたのは幸せでした。画面の中の人とは一度も会わなかったのですけど、それでもみんなが一つになったという、奇跡的なことが起きました。
そのうれしさと、さみしさが半分でした。画面の中のひとりひとりを仕切る枠が早くなくなるときが来ないかなとも思いました」

曾祖父の映像が語る 歌舞伎の力

昭和20年10月 前橋市

400年もの伝統を持つ歌舞伎の力をあらためて気づかされることがあったそうです。曾祖父の七代目・幸四郎さんが、戦後間もない昭和20年10月に前橋市で武蔵坊弁慶を演じる映像が見つかったのです。

歌舞伎に見入る人たち

映像には、大人から子どもまで、たくさんの人が歌舞伎を一目見ようと集まっている様子が写されていました。戦後の混乱と現代のコロナ禍、状況は違うかも知れませんが、世の中が不安定な時にこそ人々を元気にする力が歌舞伎にあることを、あらためて実感したそうです。

「びっくりしました。時も時ですし、どれだけの人がいるんだろうかと。でも、こういうときだからこそ芸能が必要、エンターテイメントが必要なんだということを強く感じました。今、私は歌舞伎俳優を名乗っていますので、その精神を受け継いで今、必要とされることをしていかなければいけない。背筋が伸びるような思いです」

”どこかお芝居ができる場所はないか”

その歌舞伎を、今に生かすために幸四郎さんたちが取り組んだのが「図夢歌舞伎」です。簡単に言えば、歌舞伎の映像配信ですが、至る所に「工夫」と「思い」が宿っています。
例えば演出。俳優を追うカメラを複数台にすることで、歌舞伎を見る新たな視点が追加されました。ズームアップも多く、舞台では見ることができません。

また、設定もユニークです。演目の一つは「弥次喜多」ですが、舞台は謎のウイルスが大流行する江戸、コンビニエンスストアで弥次さんと喜多さんの軽妙な掛け合いが繰り広げられます。配信という舞台の上で、新たな歌舞伎が繰り広げられていると言っても過言ではありません。

演出中 舞台は江戸のコンビニです

「新たな試みではありますが、どこかでお芝居が出来る場所はないか、それを見てもらえる場がないかということで、たどり着いたのがこの配信でした。でもその結果、俳優のみならず、大道具さん、衣装小道具さん、音響さん、照明さんなど歌舞伎に関わるすべての人が、図夢歌舞伎に関わることが出来ました」

歌舞伎で「夢を図る」

図夢歌舞伎という名前には、俳優の顔にズームするシーンが多いことのほか、「歌舞伎で夢を図りたい」との思いが込められているそうです。
伝統芸能が、現代の感染症に直面する中で生まれた図夢歌舞伎。新型コロナウイルスが収束する見通しはまだ見えませんが、幸四郎さんは、このアイデアが歌舞伎に新たな命と夢を吹き込み大きく成長してほしいと願っています。

「これからも、図夢歌舞伎は存在しうるんではないかと思っています。夢を図るという意味で、お芝居はフィクションでの世界でありファンタジーであり、夢があり希望があるという世界を皆さんにお届けできたら、そして平和に感じてもらえるようになればと思います。
(新型コロナは)まだ先が見えない状況が続いていますが、この状況になったこと、体験したことは何かしら意味があると思います。いまは、のちのちになって、『あの時こうだったな』と振り返ることができるように、歌舞伎をなくさない一心で舞台に立ち続けたいです」

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