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バスケ男子 ワールドカップ 日本代表パリ五輪出場へ モントリオール大会出場メンバーが語る躍進の背景と48年前の秘話

  • 2023年9月11日

バスケットボール男子・日本代表が、ワールドカップでアジア勢1位となり、48年ぶりに自力でのオリンピック出場を決めました。
前回、自力出場したモントリオール大会のメンバーだった北原憲彦さん(68)に、日本代表チームが躍進した背景や、モントリオール大会にまつわる秘話を聞きました。48年前、五輪出場チームを決める大会では、思わぬハプニングに見舞われつつも、劇的な逆転勝利をおさめる場面があったそうです。
(聞き手/アナウンサー 牛田茉友)

躍進の要因は「Bリーグ」

東京都内に住む北原憲彦さん。
15年間にわたって日本代表として活躍し、現役引退後は女子の日本代表のヘッドコーチを務めるなど、日本のバスケットボール界の発展に尽くしてきました。

北原さんは、今回の日本代表の躍進を支えた要因として、まず「Bリーグ」を挙げました。

モントリオール五輪に出場 北原憲彦さん
「自力でのオリンピック出場は、私は時間の問題だと思っていました。日本もBリーグというプロリーグを作ったことによって、競技自体が活性化されて変わりました。国内の活性化も生まれますが、選手たちが世界に目を向けるようになりました。

Bリーグができたことで、選手たちのモチベーションが全く変わったので、間違いなく、日本のオリジナルのバスケットさえ完成すれば、十分に世界で活躍できると思っていたんですが、ちょっと予想より早かったですね」

“背の高さ”以外も重視した選手選びが奏功

さらに、トム・ホーバスヘッドコーチの手腕が非常に大きかったと指摘します。

「これまでの日本代表は、欧米のスタイルのバスケットを追随する形、やはり背の高い選手や、ある程度インサイドで活躍する選手が中心で、サイズのことをすごく気にしていたと思います。

私も代表に15年いましたが、昔はアメリカを目標にして、バスケットのスタイルも、もしかしたらアメリカのコピーだったかもしれませんね。

今回の日本代表の選び方は、全くそんなことはなく、平面的に走って、ディフェンスを頑張れて、ドライブで2点を取れて、スリーポイントを決められる。なおかつ、プレイヤーとして、チームケミストリー(結束、団結)を強固なものにできる、仲間意識の強い選手だけ選んでいるんですが、それが見事に思惑どおりになりましたね」

48年前は思わぬハプニングの末 逆転勝利

北原さんたちが自力でオリンピック出場を決めたのは、1975年のアジア選手権です。当時の日本代表は、アジアのライバル・韓国に勝つための対策に全ての時間を費やしたといいます。

「韓国に向けての準備は、2年間やってきました。当時はナショナルトレーニングセンターなんか、なかったんですよ。だから地方の協会の体育館をお借りして、地方の旅館に泊まって、各地で2週間キャンプを行いました。韓国に勝つため、オールコートディフェンスを繰り返しました」

ところが、その韓国戦でハプニングに見舞われます。

「ホテルから車で5分くらいの体育館に向かおうとしたところ、大渋滞で進まないんですよ。なんでこんなに混んでいるのかと聞いたら、みんな日本と韓国の試合を見にいくんだ、と。

ボールや荷物を持ち、走って体育館に着いたら、試合開始3分前でした。走ったことでアップ(準備運動)は完了ですけど、やはりちょっと変な感じでした。

案の定、韓国にずっとリードされました。自分たちが2年間やってきたオールコートのプレスは効くんだろうかと思っていたんですが、やはり頑張ったかいはあるんですね。劇的な逆転勝利でモントリオール大会への切符を手に入れました」

モントリオール五輪出場時との大きな違いは

念願のオリンピック出場。しかし、結果は、エジプトの棄権で不戦勝となった以外は6戦全敗。
北原さんは世界の壁を感じ、ショックを受けます。
なにか自分にできることをしたいと、アメリカの大学に留学することを決めました。

「試合に出たら、手も足も出ないんですよ。大学生と小学生が試合しているみたいになってしまいました。全てが違っていました。オリンピックに出ればいいっていう話じゃないと、すごく思いました。

留学した南カリフォルニア大学では、どうしたら自分が世界でも通用するようになるかを考えていました。チームメイトも、そんなやり方では通用しないからって、いろんなことを教えてくれました。それは一生ものの財産になりましたね」

その後、日本に戻り、日本代表選手として、指導者として、日本のバスケットボール界を支えてきた北原さん。今の日本代表に対し、大きな期待を示しました。

「代表チームというのは、何十年、100年かけて受け継いで強化していくわけですね。その礎を今回のチームは作ってくれました。

私たちのころと違って、間違いなくオリンピックに出てどこまでやれるかということを切り替えて準備しています。オリンピックでは驚かされることもあるんじゃないかなって、楽しみにしています」

インタビューを行った牛田アナウンサー

世界に通用するチームを作りたい… そう強く願い、半世紀にわたって力を注いできた北原さん。先人の努力があってこそ、今の日本代表があると感じました。

  • 牛田茉友

    アナウンサー

    牛田茉友

    2009年入局。山口局、京都局、放送センター、大阪局を経て、2023年8月から放送センターアナウンス室所属。大阪では「列島ニュース」「ほっと関西」「おはよう関西」などを担当。現在は主に首都圏のニュースを担当。

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