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富士山登山鉄道とは?5合目までの道路に路面電車 実現へ課題は

  • 2022年10月25日

富士山の観光客増加に伴い環境対策が求められる中、山梨県が解決策として打ちだしている登山鉄道の整備構想について、世界遺産の登録審査を行うユネスコの諮問機関が、「多くの課題に対応でき歓迎できる」と評価する文書をまとめていたことがわかりました。
一方で、事業を進めるうえでは多くの課題も指摘され、反対の声も出ています。地元の反応などをまとめました。

登山鉄道を富士スバルラインに

2013年に世界遺産に登録された富士山は、混雑や渋滞が深刻になっていて、山梨県などは混雑を抑えるため、去年2月、ふもとから5合目までの県道上に登山鉄道を整備する構想をまとめました。

山梨県がまとめた富士山登山鉄道の構想は次の通りです。

鉄道は、山梨県側のふもとにある富士吉田インターチェンジの近くから標高およそ2300メートルの5合目までをつなぐおよそ30キロの県の有料道路、「富士スバルライン」の道路上に整備するとしています。

車両は、富山市などで導入されている振動や騒音が少ない路面電車=LRTの導入を想定していて、既存の道路を活用でき、大規模な開発が必要ないとしています。

「富士スバルライン」は、車は通れなくなりますが、緊急時には救急車など緊急車両が通行できるということです。

所要時間はふもとから5合目までの上りがおよそ52分、下りはおよそ74分と見込んでいて、途中には、景観を楽しんだり登山道などにアクセスしたりするために中間駅を設けるとしています。

整備費は「精査が必要」とした上でおよそ1400億円を見込み、年間の利用者数は、往復運賃を1万円とした場合はおよそ300万人、2万円とした場合はおよそ100万人と試算しています。

増える観光客 CO2排出増

山梨県の統計によりますと、山梨県側から富士山の標高2300メートル付近の5合目を訪れる観光客の数は、2012年は231万人でしたが、2013年の世界遺産登録以降、増加傾向となり、2019年には506万人に増えました。

5合目までを通行する自動車に由来する二酸化炭素の排出量を試算したところ、2012年はおよそ6000トンでしたが、2018年はおよそ9500トンとなり、1.6倍ほどに増えたということです。
世界遺産登録後のマイカー規制で、普通車からの排出量は減ったものの、バスなど大型車からの排出量が大幅に増えたことが要因だとしています。

海外の事例は

世界各地にある登山鉄道のうち、アルプス山脈のスイスのマッターホルンには、全長9.3キロの「ゴルナーグラート鉄道」という登山鉄道が走っています。世界中から多くの観光客が訪れるふもとのツェルマット市では、環境保護のため、ガソリン車の乗り入れを禁止し、巡回バスやタクシーに電気自動車を採用しています。
また、同じくスイスにあるアルプス山脈のユングフラウでは、「ユングフラウ鉄道」という全長9.3キロの登山鉄道が走っていて、環境に配慮するため、鉄道や駅の電力を建設当初から水力発電でまかなっています。

事業化の課題は?

事業を進めるうえで官民の役割や経費の分担をどうするか、雪崩や落石などの際に安全運行に支障はないのか、噴火の際の避難計画をどうするかなど多くの課題も指摘されていて、県などが引き続き検討を進めています。

イコモスが評価 内部文書

この構想について、世界遺産の登録審査を行うユネスコの諮問機関「イコモス」が、「環境悪化などの富士山が抱える多くの課題に対応でき、歓迎できる」と、評価する内部文書をまとめていたことが、NHKの取材でわかりました。
構想では鉄道にあわせてライフラインの整備も検討するとしていて、イコモスは「5合目より上の設備改善にも役立ち、鉄道からすそ野の景観も楽しめるようになる」と指摘しています。

一方、地元には「鉄道整備で自然を損なう恐れがある」といった反対意見もあることから、イコモスは「支持を得るにはさらに多くの作業が必要だ」と合意の必要性にも言及し、情報の共有を求めています。

文書は、県など関係者にも示されていて、県は、国際的な評価を背景に地元と話し合う機会を増やして理解を求めながら、登山鉄道構想の実現を推し進める方針です。

地元の反応は?

富士山登山鉄道への構想、地元ではさまざまな反応が聞かれました。

雪の時期とかも、山岳鉄道が開通になれば観光の幅も広がるし、富士五湖地方ではいい状況になるのでは。
現状のまま、スバルラインをもっと有効活用した方が、電気バスなのか、そういうのを利用すればいいのかなと思う。
自然保護とか環境保全に関しては重要だと思う。作ってもいいけど災害時とか土砂崩れとかあったとき通れないと思うのでそこが心配。

訪れた観光客
「あったら便利だと思うが、そこまでいらないというのが正直な気持ち。バスで十分じゃないかな。須走とか静岡の方が安いという考えも出てくると思うので、いいとは言えないかもしれない」

また、山梨県側の富士山の山小屋を管理する富士山吉田口旅館組合の中村修組合長は、次のように述べました。

富士山吉田口旅館組合 中村修組合長
「自然界の脅威は人間が、はかり知れないような災害が起きるので、そういう面で反対をしているわけですね。規制的には、毎年のようにマイカー規制をやってるので、あえて鉄道を引くようなリスクは必要ないと思う。組合としては一貫して反対であると言うことを、この先続けていくんじゃないかと思います」

地元 富士吉田市長は反対

一方で、富士山の山梨県側の玄関口の1つ、富士吉田市の堀内茂市長は、構想に反対する姿勢を強調しました。

富士吉田市 堀内茂市長
「県の鉄道構想は、地元とのコンセンサスがまったく得られていない。イコモスの文書は見ていないが、この段階で構想を評価する文書が出されたことに驚いている。
大きな投資をして大きな工事をすれば、それ自体が自然環境の破壊につながりかねず、鉄道を敷く必要性があるとは思えない。こうした地元の意見を県に投げかけていきたい」

山梨県知事「高評価で心強い 丁寧に対話」

富士山登山鉄道構想へのイコモスの評価について、山梨県の長崎知事は会見で、「積極的かつ高い評価をいただき心強い」としたうえで、反対意見も多い地元との合意が必要だと指摘されたことについて、次のように述べました。

長崎知事
「インバウンドが本格的に再開していく上で、ポストコロナの観光のあり方を地元としっかり意見交換し、認識を共有しながら鉄道構想も議論していきたい。丁寧に対話し、なるべく早く実現に移せる環境をつくっていきたい」

専門家からもさまざまな意見

環境経済学を専門とする京都大学の栗山浩一教授は「メリットとデメリットの両面がある」と指摘しています。

京都大学 栗山浩一教授
「現在のようなマイカー規制だと大型バスがたくさん入ってきて結果として排ガスが出る問題があるが、登山鉄道の場合にはそういった環境に対する影響は緩和できることが期待できる。一方で、いま行われているような大型バスに比べると登山鉄道の場合、料金が非常に上がる。比較的所得が高い人だけが登山を楽しめるという、そういった状態になり、公平性の問題を考えなければいけない」

山梨県富士山科学研究所の所長で火山防災に詳しい東京大学の藤井敏嗣名誉教授は富士山が噴火した場合、鉄道の沿線に噴火口が開かなければ避難の手段となり得ると話しています。

東京大学 藤井敏嗣名誉教授
「5合目にいる観光客を避難させるのにも有効な手だてになる。1回の輸送能力とすれば、バスで次々とピストンするよりは、はるかにやりやすいと思う。
鉄道を通すことになれば、少なくとも5合目まで電源が行く。一緒に下水道や上水道の工事もしてしまえば、今みたいなひどい状況にはなくて済む」

イコモスの審査に詳しい日本イコモス国内委員会の委員長を務める国士舘大学の岡田保良名誉教授は、慎重な姿勢を示すとともに、さらなる議論の重要性を強調しました。

国士舘大学 岡田保良名誉教授
「『LRTを敷設するとすれば、どうすればいいか』という議論が先行していて、敷設がいいのかどうかに関しては、私個人的にはまだ議論が尽くされないような気がしている。
情報を出し尽くして議論を尽くすしかない。教育関係者で議論を委ねられているだけでは、おそらく総合的な意見がなかなか出てこない。もう少し事業の中身に立ち入った議論も必要じゃないか」

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