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千葉 八街 通学路事故で被害者家族「会いたくて、会いたくて…」

裁判の記録5
  • 2022年3月3日

「会いたくて、会いたくて、会いたくて、たまらないです」
「平凡でいいからずっと5人家族で暮らしていたかった」

飲酒運転のトラックにはねられて小学3年の8歳の息子を亡くし、小学1年の弟も大けがを負った両親が涙をこらえながら絞り出すように述べた言葉です。
千葉県八街市で下校中の児童5人が死傷し、トラックの運転手が危険運転致死傷の罪に問われた裁判で検察は今回適用された条文としては最も重い懲役15年を求刑しました。

2日の裁判

千葉地裁で開かれた5回目の裁判では冒頭、前回に続いて、被害者家族の意見陳述が行われました。家族は検察側の席に座り、プライバシーを守るため設けられたパーティションの中から意見を述べました。

父親「ちゃんと謝っても許せない」

意見陳述を行ったのは小学3年の谷井勇斗さん(8)を亡くし、小学1年の弟が大けがをした父親と母親です。

はじめに父親が意見陳述を行い、理不尽に息子を奪われた怒りを語気を強めて述べました。

父親
「仲良く帰っていた5人に飲酒運転をして突っ込んだことは許せません。どれだけ子どもがつらかったか。子どもたちが遊んでいる姿を見るのもつらい。俺たちの前から消えてください。本当に悪いと思っていない。ちゃんとあやまったとしても許さないが、どれだけのことをしたのかわかっていない。刑期が終わったら勇斗の好きなジュースを現場に置きにいってください。俺は見にいきます」

母親「心から謝罪してください」

続いて母親が事故が起きた当時のことを振り返りました。

母親
「私はあなたの身勝手な飲酒運転で命を奪われ、大けがをさせられた子どもたちの母親です。あの日から家族の人生はむちゃくちゃになりました。いつものように送り出して帰ってくるのを待ってましたがあの日は違いました。現場では弟が畑のむこうで砂まみれになり、痛い痛いと泣いていました。勇斗はトラックの下敷きになっていました。事故のあと、警察のひとに『お母さんは会わない方がいい』と言われて夫だけ会いに行きました。

私が勇斗に会えたのは、納棺師がきれいにしてくれたあとでした。勇斗は頭に包帯を巻かれて、いつも気にしていた髪の毛も前髪が少ししか見えないようになっていて、無理矢理つむらせたような目や口をしていました。
夫は事故のあとの勇斗の顔が忘れられないと、痛かったよなと泣いていることもありました。勇斗が選んだランドセルは形が崩れ、ボロボロになっていました」

そして、亡くなった勇斗さんや弟、それに家族のことを話しました。

母親
「勇斗は友達と遊ぶのが大好きで、今回事故にあった子たちとはいつも遊んでいました。外で走り回り、筋トレが好きな活発な子でした。お兄ちゃんらしくもなっていました。格闘技が好きで、弟が小学生になってから2人で空手を習おうとしていて、私も胴着が似合うだろうと思っていました。

でも勇斗は、8年8か月25日であなたに命を奪われました。弟は脳挫傷やくも膜下出血を負って、けがは表面的には回復しましたが、今も事故にあった事実を理解していないようです。兄の葬儀のあとも『いつ勇斗は帰ってくるの』『いつゲームを一緒にできるの』と言っていました。いつも勇斗とやっていたゲームは勇斗がいないからできないと話しています。6歳なりに悲しみを感じていると思います。大きくなって自分が助かった事実を理解したときとてもつらいと思います。

姉は1人で部屋で寝られなくなりました。外にも出られなくなりました。友達の家に自転車で遊びに行っていましたが、現場を通ることになるので行けなくなりました。勇斗とはけんかもしていましたが、一緒にお風呂に入ったりいろんな話をしていました。
今も勇斗がこのお菓子が好きだった、このキャラクターが好きだったと言っています。

夫の職業はトラックの運転手で、10年以上、誇りを持って働いています。ピカピカになったトラックの写真を子どもたちに見せていることもありました。
あの日から、夫はトラックが運転できなくなりました。何より勇斗に申し訳ないと思ってしまうようです。好きだった仕事を休職しています。

私はうつ病になり、通院しています。今も車を運転できません。半年たった今も、事故の事実を受け入れられていないです」

そして、息子に会いたいという強い思いを語りました。

母親
「勇斗に会いたいです。会いたくて、会いたくて、会いたくて、たまりません。大事な息子を守れなかった。生きているのがつらいです。できれば勇斗のところへ行きたいと思っています。私も夫も、祖父母も勇斗の成長を見届けたかったです。これからの中学校や高校、成人式、結婚生活などずっと見届けたかったです。

なにより、もっとずっと勇斗と一緒に居たかったです。おいしいものを食べたり、ご飯を作ってあげたり、平凡でいいから、ずっと5人家族で生活していたかったです。勇斗の好きなものを作っても、勇斗は食べてくれません。勇斗が好きなテレビをつけても、勇斗は見てくれません。つらくなったり、悲しくなったりもしますが、ずっと勇斗にしてあげたいことをしようと思います。

勇斗はこの裁判中、9歳の誕生日を迎えました。約束していた自転車を誕生日の当日に買って、仏壇のそばに置いています。ひとめぼれして、ずっと欲しいと言っていたものです。でも、勇斗は乗ることはできません。誕生日に主役の勇斗がいなくてつらく悲しかったです。それを一生味わうしかありません」

最後に被告に対する思いを口にします。

母親
「私は、運送業務の仕事で飲酒運転をすることは故意的な殺人としか思えません。上限は懲役15年と聞いています。悲しみ苦しみは15年では消えません。勇斗も帰ってきません。刑を終えたとしても罪の償いは終わったわけではありません。被告は千葉県だけでなく日本からも出て行ってほしいです。現場は自宅に近く、生活道路です。あなたの実家が経営する店もあります。持ち家なので簡単に引っ越すこともできないので、嫌でも目に入ります。

あなたには想像できますか。ある日、突然子どもを失った親の気持ちを。7、8年生きただけで命を奪われてしまった子どもの気持ちを。一番つらいのは勇斗や凱仁くん本人です。もっともっと生きたかった、もっと友達と遊びたかったと思います。2021年6月28日、あなたが起こした事故で人生をむちゃくちゃにされた5人に心から謝罪してください。

裁判官の皆さん。法律の限界で、懲役15年までなことは納得できません。けれどしかたありません。無期懲役や死刑になってもおかしくないと思っています。命を奪われた勇斗や凱仁くんと3人の子どもたち、4家族のことを考えた判決を下してください」

検察「常習的飲酒運転 言語道断」

このあと検察官の求刑が行われました。

検察官は「そもそも体内にアルコールを保有する状態で自動車を運転すること自体許されることではないが、被告は職業運転手として各種道路法規を遵守しなければならないという当然の意識を高度に要求されていた。飲酒運転を上司から注意されていたにもかかわらず、常習的に繰り返していたことは言語道断で極めて悪質である」と述べました。

さらに「何の落ち度もない子どもたちを巻き込んだ被害は筆舌に尽くしがたく、警鐘を鳴らすためにも厳罰が必要だ」と述べ、今回適用された条文としては最も重い懲役15年を求刑しました。

被告「子どもたちに申し訳ない」

このあと、被告の弁護側は「被告は罪をすべて認め今後は酒を飲まず、車も運転しないと深く反省している」と述べ、情状酌量を求めました。

最後に梅澤被告は何か言いたいことがあるか裁判長に問われると、「子どもたちには本当に申し訳ないことをしました。ごめんなさい、すいません、申し訳ありません。この三言です」と述べました。

裁判は2日ですべての審理を終えました。判決は3月25日に言い渡される予定です。

 
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