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千葉 八街 通学路事故で被害者家族「今までの日常を返して」

裁判の記録4
  • 2022年1月18日

「思いっきり抱きしめてあげたい」「今までの日常を返してほしい」
愛する子を失い、傷つけられた父と母が法廷で述べた言葉です。
去年6月、千葉県八街市で下校中の児童5人が飲酒運転のトラックにはねられて死傷した事故の裁判で、17日被害者家族の意見陳述が行われました。

被害者家族が意見陳述

17日、千葉地裁で開かれた4回目の公判では、被害者参加制度を利用して、被害者家族の意見陳述が行われました。家族は検察側の席に座り、プライバシーを守るため設けられたパーティションの中から意見を述べました。

亡くなった児童の父親「一生許すことはできない」

最初に意見陳述を行ったのは、川染凱仁さん(7)を亡くした父親です。
声を詰まらせながら始めに語ったのは、これまでの裁判を通じて感じた被告についてのことでした。

父親
「これまでの裁判で感じることは被告は自分のしたことの重大さを理解しておらず全く反省していないことです。自分のしたことで子どもたち1人1人にどんな傷を負わせたか本当にわかっていますか?
事件直後は『やっちゃった』とか、出所後の飲酒については『酒を控える』とか、会社の懇親会の帰りは『当然、飲酒です』とか、言葉の節々から自分の犯した罪の重大さを理解していないと感じます。
事件後、やっと会えたのに警察署の冷たい台の上で、全身痛々しい傷だらけの身体で横たわっている姿を、うつろな目をしてこちらを見ている顔を想像できますか?
子どもにお帰りと言って何も返ってこない悲しさをわかった上で裁判に向き合っていますか?
自分は運が悪かったなどと考えていませんか。裁判で同じことを何度も聞かれて面倒だと感じていませんか?
本当の謝罪とはと聞かれて、『もう1度、考え直してみたい』と答えていました。
5か月間、何を考えていたのですか?その場しのぎで、真摯に答えているとは思えません」

そして、家庭の様子などについて話をしました。 

父親
「家に入るととても静かです。2人子どもがいるときはたまには静かにしてほしいと思っていましたが、あの騒がしさが幸せだったと思います。妻は凱仁の写真を見て話しかけるときに泣いていることが多いです。
7年間、いろんな表情の凱仁を知っているはずなのに、あの日の凱仁の顔がよぎります。部屋にもたくさんの写真を飾っています。笑顔が本当にかわいい私たちがよく知っている、幸せだった時の凱仁だけを覚えていたいし、少しでも凱仁を近くに感じていたいです。思いっきり凱仁を抱きしめたいですが、その願いはかなうことはありません。
被告のことは一生許すことはできません。私から送った7歳の誕生日の手紙には、大きくなったら一緒にやりたいことを書きましたが、全部なしになりました」

そして最後に判決に向けて裁判所に訴えかけました。

父親
「息子はルールを守って、道路の右を1列になって歩いていました。酒を飲んで車を運転してはいけないという簡単なルールを大人である被告は守りませんでした。裁判官のみなさんには、ルールを守った凱仁たちと身勝手な理由でルールを守らなかった被告の行動をしっかりと考えていただき、厳正なる判決を下してほしいです」

大けがを負った児童の父親「少しでも重い罪で」

次に意見陳述を行ったのは、大けがを負った女子児童の父親です。
父親は現在の女子児童の状況について明らかにしました。父親によりますと、女子児童は退院して特別支援学校で学んでいるということですが、高次脳機能障害となり、嗅覚を失い、両目の視力が低下したということです。

まず、父親は事故当日からこれまでのことを振り返りました。

父親
「娘は家族に愛されてすくすくと育ち、将来は学校の先生になりたいと話していました。ゴールデンウィークにはずっとしたいといっていたキャンプを家の庭でやって、テントの設営を手伝ってくれました。父の日にはひまわりの花束とパパ大好きという手紙をくれ、思いやりのある子どもに育ってくれました。
事故の当日、妻から娘が血だらけで意識がなくて救急車で運ばれたと連絡がありました。病院に向かう途中、児童2人が心肺停止というニュースが入ってきました。病院ではようやく30分後に医師から話を聞くことができました。最悪のことも考えました。
頭蓋骨骨折などで命の危険も十分にあると、嗅覚は100パーセントだめで、片目は見えなくなるだろうと話を聞きました。次の日、手術をする前には両目も失明するだろうと言われました。
7月16日には一般病棟に移ることができましたが、今度はコロナで付き添いは母だけで面会はできませんでした。しばらくすると少しずつ声をだすようになり『痛い』とか言うようになりました。ご飯が食べられなかったので、胃に点滴の管をさすときには泣き叫んでいました。だんだん、テレビ電話でいつものように話してくれるようになりました」

そして、現在について、次のように述べました。

父親
「毎日特別支援学校で学び、昨年末に半年ぶりに退院しました。高次脳機能障害になりましたが、いつも笑顔で頑張っています。被告についても『許してあげて』といっています。でも大好きだった学校に戻るのは怖いと話しています。これからも元の生活には戻れないでしょう。
被告がどうなろうとどうでもいいですが、娘には少しでも回復してほしいと思っています。被告は反省しているように見えません。今までの日常を返してほしいです。少しでも重い罪で裁かれることを望みます」

大けがをした男子児童の父親と母親

大けがをした男子児童の父親と母親も意見陳述を行い、児童や家族の状況について述べました。

父親
「裁判所とは縁の無い生活を送っていて、困惑していると同時に憤っています。頭では理解しながら、心では理解できず、複雑な気持ちでした。その日から生活が一変しました。母はきょうだいの通学が心配になり、車で送迎をするようになりました。兄と姉は通学路を通ることを嫌うようになりました。被害にあった息子は車や大きな音を嫌い、あまり外に出られなくなりました。被告は本当に反省しているとは思えません。猛省してください。2度とハンドルを握ってほしくないのは当然ですし、できるだけ長い期間、刑務所に入って罪を償ってほしいです」

母親
「息子は痛くて辛い手術をしてきました。亡くなった友達の分も一生懸命生きようとしているのか、弱音は吐きません。被告は許せないと思いながら、息子のそばに付き添っていましたが、友だちを亡くしたことのショックは大きく、心の傷はどんどん大きくなってしまいました。毎日おびえています。ごはんもあまり食べずに1人ではお風呂もトイレも行けなくなりました。夜は布団の中で『会いたいよ』、『遊びたいよ』と泣いています。家の中にいても救急車のサイレンやトラックの音をきくとひどく怖がります。
息子は小学校に1年しか通えていません。走るのが大好きで1年から6年までリレーの選手になることが夢でした。1年の時には選ばれましたが、1回きりで叶わぬ夢になってしまいました。これから一緒に過ごすことになっただろう友達ももういません。楽しみにしていた生活も一変しました。被告には一番重い刑期を望みます。命をうばったことや小さな体に傷を負わせたことを忘れることなく罪を償い続けてほしいです」

4人の意見陳述の間、被告は終始うつむいて話を聞いていました。

今後の裁判は

次回の公判は、3月2日に開かれ、検察側の論告と弁護側の最終弁論が行われて審理が終わり、判決は3月25日に言い渡される予定です。

 
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