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“教訓を学び生かす“ 震災教育旅行

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震災
伝える
ひるまえほっと
山梨
2018年4月16日

左から武内陶子アナウンサー、今井温美リポーター

東日本大震災から7年、教訓をどう未来につなげていくかが課題になっています。そうした中、行われているのが「震災教育旅行」です。被災地以外の地域に住む中学生や高校生が現地に足を運んで、震災の教訓を学び、みずからの日常に生かしていこうというプログラムです。3月に宮城県を訪れたのは、およそ500キロ離れた山梨県の高校生たちです。ふだん被災地から遠く離れた所に住む生徒たち。この旅行で何を学び、どう感じたのでしょうか。

■“震災教育旅行“生徒の関心は

山梨県立都留高校です。ことし初めて震災教育旅行を計画、被災地を訪ねることにしました。震災が起こったとき、まだ小学生だった生徒たち。旅行を間近に控えてもなかなか関心が持てません。

今井:震災の話とか調べたりとかする?
「調べたりはしない。テレビでやってたらちょっと見るくらいですかね」

でも、災害に、いつどこで遭うとも限りません。いざというときに自分でも対処できる力を養ってほしいと学校は考えています。

「あと1年すれば高校卒業して社会に出て行くわけですよね、そういったときに、あれだけの災害が自分の身のまわりで起こったときに、俺は私は行動できるのかということを考えるきっかけにしたい」

■初めての被災地 高校生の目線で

3泊4日の旅行。向かったのは、津波で大きな被害を受けた宮城県女川町です。ここから2日間、海沿いの被災地を回り、現地の人と交流します。参加した生徒は19人。全員、女川町に来るのは初めてです。

「皆さんこんにちは、ようこそ女川町へ。カタリバの林と申します」

迎えたのは林曜平さん。現地でのプログラムを準備するなど、訪れる学校への支援をしています。

「実は、東日本大震災で一番被害にあったのはこの町だと言われています、パーセンテージでいうと。住居の8割が流されて人口の1割の人が亡くなったという町です」

町を案内するのは地元の高校生。大人ではなく同じ世代の若者と直接話をすることで、感じてもらうのがねらいです。向かったのは町が一望できる高台です。

7年前、押し寄せた津波はこの高台を越える高さにまで達しました。家や、店や、水産加工場…。住み慣れた町が波に飲み込まれていく様子を、住民は目の当たりにしました。

地元の高校生
「津波ってどういう感じで来ると思います?上からザパンという感じじゃなくて何回も何回も波が来て、引いて、来て引いて、どんどん高くなっていくんですけど、最初の方は全然静かで気づかないんですよ。どんどん水位が上がってきて家が流されて、ミシミシと音がしてきてようやく気づくっていう感じだったので…まさかここまで来ないだろうという思いがすごい。逃げ遅れた人とか、そういう人がすごい多かったです」

林さんのNPOでは、3年前から震災教育旅行の取り組みを行っています。これまでに首都圏や関西の20校が参加。被災地を見て回るだけでなく、現地の人と交流し語り合う中で、震災の教訓を日常に生かすことをめざしています。

林さん
「今、ぼくたちが被災地に対してできることの一番は震災を学ぶっていうことだと思っていて。3.11を悲しみとかつらいものとしてとらえるのではなく、しっかり学びとして持って帰るって事をしたいと」

プログラムでは、現地を訪れたその日のうちに、感想を語り合うことにしています。それまで遠い存在だった被災地のことに、都留高校の生徒たちも心を向け始めていました。

山梨の高校生
「とりあえず震災にけりをつける、っていうのはどれがどうなったら、というのを聞きたいです」

地元の高校生
「町の工事が完全に終わることが、復興、とりあえずの復興、にはなると思います。心はどうなんだということになると話は違ってきて、絶対その傷が癒えることはないから、そこでの復興はないんじゃないかなと思います。でもこれからどんどん、町も変わっていって、前を向いて生活していくしかないんですよね、私たちは」

■“あの場所”が投げかける気付き

翌日。生徒たちが向かったのは、津波の爪あとがそのまま残されている場所です。

旧大川小学校。津波で児童と教職員あわせて84人が犠牲になりました。生徒たちにとって、亡くなった児童は同じ世代です。

案内するのは佐藤敏郎さん。当時ここに通っていた次女を亡くしました。

「私たちが今立っているところは、家が立ち並んでいたところです。道路を挟んで向こうも家が立ち並んでいます。海は向こうです。ここには町があって、生活があって、命があって、子どもたちが走り回っていた場所です」

「体育館です。壁とかこのくらいでも残っていてくれるのでなんとか、思い出す事ができます。ここで走り回っていた子どもたち。学芸会を見に来たこと。勉強したり褒められたり怒られたり泣き笑いした教室です。特別な場所じゃないっていうことです。今は大川小学校っていうとすごく特別な場所に見られますけれどもここは特別な場所でも何でもないんです。子どもたちが学び遊んでいた普通の学校で、3月11日も今は特別な日になりましたけど、特別な日じゃないよね。卒業式1週間前の普通の日です。特別じゃない時に特別じゃない場所に災害がやって来るっていうことです。あの日までの日常を思い出すとそんなふうに思うんですよね」

学校に津波が到達したのは、地震からおよそ50分後。なぜ逃げることができなかったのか。佐藤さんは、ずっと問い続けてきました。

「あの日、2時46分に大きな地震があってまもなく、ここに並びました。まさにここです。先生と生徒はここに集まりました。それで並んだんですよね。10メートルの津波を目の前にしていくら子どもを、抱きしめても助けられないということ。緩やかな山がありました。でもそれだけでは助からないんだよ。山に行かなかったら助からない。時間、情報、手段があれば命を救えるかってそんなことはない。判断と行動ですよ。判断しなきゃない、行動しなきゃない、意思決定しなかったら助からないっていうこと。俺たちはさ、防災訓練とか防災マニュアルとかってついつい時間と情報と手段の話ばっかりしますけど違うんだよね。行動なんだよ。行動判断その訓練とかしなきゃないし、そのマニュアル作らなきゃない」

その日のうちに、再び語り合います。

林さん
「一緒に見た仲間と共有するってことで新たな発見があったりするのでそういう時間を取りたいと思います」

お互い感じたことをその場で話し共有することで、心に深く落とし込んでいきます。

「ぼくは被災者とかそういうものでも何でもないんですけど。ただ山に登るっていうそれができなくて、本当にたくさんの人が犠牲になったっていう。悔しい」

「行動をするには判断が大事だし、判断するには情報とか大事だと思うので、災害時とかに関係なく情報とかをたくさん持っといたほうがいいなと思いました」

佐藤さん
「災害時に必要なことっていうのは災害時じゃないときにも必要なんだよ。いつも大事なんだよ。命もそうだよね。あの日急に大事になったわけじゃない。いつも大事。判断とかもそうだ。情報も」

ひるがえって、ふだんの自分はどうなのか。生徒たちは、自分自身と向き合い始めていました。

「どうして逃げなかったのかなっていうのを素直に思いました。もし何なにしていたら死んでいたかもしれないし生きていたのかもしれないって思ったら今の自分の生活を大事にしたいなって思いました」

「過去にこだわっていても、あまり昔のことは変えられないから、学んだことを伝えていって、どんどんよくしていくというのが大事なんだというのがわかりました」

次女を亡くした佐藤敏郎さん
「高校生が(児童たちと)同世代ということもあって、すごく自分のこととして向き合ってくれたと思います。実際私はこの7年でいろんなことを気づいたりしましたけれども、それは失ったり悲しむ前に気づいてもよかったことなんですよ。その前に自分のこととして考えてもらう、気づいてもらうことだと思っているので、そういう思いがありますね」

■“日常”に持ち帰ったものは…?

山梨に戻った生徒たち。被災地で学んだことをふだんの生活にどう生かせるのか。いざというときに、自分は何ができるのか。それぞれが考え始めています。

山梨の高校生
「ここって保育園小学校中学校がすぐ近くにあるので、避難訓練とかもそうですけど、もし災害が起きたときには、高校生がまわりの子どもを誘導できるようにと思いました」

プログラムを準備したNPOカタリバ 林曜平さん
「学べることの大きなひとつに、想定外のときに人はどう動くのかというのがあると思っていて。それを実際に、学びを作ってそれを生徒が日常生活とか学校生活に持って帰って、それで少し今の生活がよくなれば僕はいいかなっていうふうに思っているのでそういうきっかけ作りをしていきたい」

(武内アナウンサー)
災害は特別な日じゃなくて普通の日にやってくる。震災から7年たって、復興を支援することも大事だけれど、そこから災害を自分のこととして捉えて、学び、生かしてほしいという被災地の方の愛を感じました。

(今井リポーター)
今回生徒たちと語り合った地元の高校生やご遺族の方は「同じ事が二度と起こらないようにしてほしい、自分たちの経験、震災の教訓を生かしてほしい」という切実な思いを持っていました。その思いに触れたことで生徒たちの心がどんどん動かされていったように思います。

(武内アナウンサー)
こうして日常暮らしていると、人ごとじゃなくて自分事として捉えるって、なかなか大人でも難しいですよね。

(今井リポーター)
その通りだと思います。その点でも、今回地元の高校生が語ってくれたことは大きいと思います。同じ世代の経験は自分事として捉えやすいため、率直な質問や感想も出てきたと思います。地元の高校生たちも、他の地域の高校生と語り合えたことを喜んでいて、自分たちの大好きな女川のよいところも知ってほしいと町案内もしたりして、交流を深めていました。

(武内アナウンサー)
被災地の高校生たちはこの7年でいろんなことを乗り越えて。すごく言葉に力があって伝わったのではないかと思いました。これから山梨の高校生たちがこの経験をどんな風にいかしてくれるでしょうね。

(今井リポーター)
さっそく先日、生徒たちは発表会を開きまして被災地で学んだことを、同級生や後輩たちに伝えました。また、これまで震災教育旅行を行った他の学校でも、たとえば生徒みずから地域の人を招いて地域の防災力を高めるワークショップを開いたり、自分たちで避難訓練を考えたりと、自ら行動することにつながっているということです。

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