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難病と向き合い 新たな音楽を

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まちの未来
ともに生きる
ひるまえほっと
東京
群馬
2018年4月18日

左から武内陶子アナウンサー、清水明花リポーター

針生惇史さんと若子さん。音楽家のご夫婦です。惇史さんはALSを患っています。ALSは全身の筋肉が衰えて体の自由がきかなくなりますが、頭脳の明晰さや感情は健常の人と変わりません。

現在日本に患者数は1万人ほど。男女ともに60代以降に発症することが多く、高齢化社会の今、患者数は年々増えています。難病と診断されても自分らしく生きるために演奏活動に挑む音楽家の姿をご紹介します。

■病で奪われた 一番大切な音楽

清水「惇史さん、こんにちは。お具合どうですか?」
針生惇史さん76歳です。

清水「まみむめも、も?音を作る楽しみに燃えてます」(惇史さんの視線を読み上げる)
ALSの進行で、いまはしゃべることができません。五十音が書かれたシートを使い、視線とまばたきで言葉を紡いでいます。

惇史さんは元・交響楽団の打楽器奏者。木琴の一種〝マリンバ〟は50年以上にわたって演奏し、柔らかな音色で多くの人を魅了してきました。後輩の育成にも力をいれ、教え子に慕われる存在です。

妻でバイオリニストの若子さんと出会ったのも楽団。音楽家同士、互いの演奏に惹かれ合いました。

若子さん「打楽器なんて興味がなかったんですよ。でも明らかにほかの人と違うので柔らかくて、あったかい。あれ?と思って後ろを振り返ったら惇史だったので、えーこの人、そんな音を出すんだと思って」

しかし4年前、惇史さんに異変が起きます。歩き方がおかしいと演奏仲間に指摘され受診したところ、ALSと診断されたのです。突然の宣告でした。当時の惇史さんの日記には、体の自由が奪われていく嘆きがつづられています。病状は進行し、診断から1年後。惇史さんは演奏ができなくなりました。

若子さん「彼がいちばん大事にしているのは音楽でしょ。音楽ができなくなったら、もう何もないわけ」

〝自分だけが音楽を続けるわけにはいかない〟と、妻の若子さんも音楽の道から離れていきました。

■作業療法士に支えられ取り戻した音楽

しかし、ある人との出会いがふたりを変えます。

作業療法士の本間武蔵さん。患者の生活をサポートする道具を製作しています。マリンバ奏者の惇史さんのために作ったのが、こちら。

パソコンと小さな木琴を組み合わせた装置。アルミホイルを巻いたバチが、鍵盤の上の金属に触れると、記録された音が1音ずつ再生される仕組みです。再生されるのは惇史さん自身が弾いた音。腕をサポートする器具を使いながら、1音1音、3日間かけ録音しました。惇史さんは、この装置で本物のマリンバのような音を出したいと考えていました。

惇史さんから本間さんへのメール

音楽家として大切にしてきた音の余韻を付けるよう、本間さんに依頼しました。

本間さん「いいですね、いけそうですね」

針生夫婦の元に再び音楽が戻りました。

若子さん「音楽の部分があるからつながっている。会話がいらない会話になっていますよね。本間先生がこの楽器を作ってくれたので、弾けるようになったので、いま一緒に弾くことができている」

惇史さんの、音楽への情熱も再びわき上がります。

本間さん「可能性が見えてきたことでガラッと変わって。彼はリズムしかいま自由になっていないけれども、その中で彼らしさがあって同じデータなのに、練習を重ねていくとレッスンを重ねていくと、彼らしい音楽になっていくと僕にも感じられて、そこですね、彼の音楽家らしさは」

■かつての柔らかな音色に近づけたくて

この春、惇史さんは大きな舞台に挑んでいました。ふるさとで開かれる高校時代の恩師の演奏会に夫婦で参加するというのです。惇史さんの意気込みを聞き、本間さんも駆けつけます。惇史さんは、自分の特徴である柔らかな音色を披露したいと考えていました。

本間さん「惇史さんが言っているのは、いま♪♪、♪♪とやっているのを♪♪♪、♪♪♪1個足すんですよね」

惇史さんが提案したのは、細かく 音を重ねるトレモロという手法。今まで2回叩いていた部分を、素早く3回に増やします。叩く回数が増えると、腕を動かすことが難しい惇史さんにとっては、大きな負担です。

若子さん「今のだと、かなりうまくやらないとぎこちない」
本間さん「そうなんです。そうなんです」
若子さん「それは絶対に不可能だから」

それでも、惇史さんの決意は揺らぎません。かつての柔らかい音の連なりに近づけたい。本番まであと10日。惇史さんは毎日1時間の練習を自分に課します。

思うようにリズムが取れません。激しい練習が症状の悪化に繋がるのではないか。不安とも隣り合わせです。

若子「(腕が)下りなくなってしまう、力が無いので。長い時間弾けないんだけど、長い時間練習しないとものにならない。大変。大変ですよね」

■ふるさとで奏でる新しい音楽

演奏会当日。本間さんも応援に来ました。

本間さん「意気込みはどうですか?意気込みは?オッケーですね。祈っています、うまくいくように」

惇史さんを音楽に導いた恩師、竹市晴子さんとは20年ぶりの再会です。
恩師「頑張って。会えてよかった。今まで一生懸命やってきたんだもんね」

会場には、惇史さんの同級生など300人ほどが集まりました。舞台に上がると、入念に腕の動きを確認します。
演奏開始。4曲を披露します。

♪金婚式 G.マリー♪

♪鳥の歌 P.カルザス♪
順調な滑り出し。

いよいよ惇史さんがこの日のために練習を重ねてきた曲です。見せ場のトレモロは冒頭です。
細かい音を重ねた激しくも柔らかい響き。演奏後、会場に大きな拍手が響きわたりました。

清水「演奏を終えて今の心境を教えてください」
「うまく演奏できたので、自分に甘くなりそう」(惇史さんの視線を読み上げる)
若子「本番強いものね。ね」

演奏会の後、惇史さんが訪れた場所があります。両親が眠るお墓です。ふるさとで奏でた新しい音。そして、演奏会の成功を報告しました。

若子さん「この病気(ALS)になったって、やりたいことがあればやれるよねって。音楽はすごい。きりのないことでしょ。そういうものを持てたことは幸せ」

《清水明花リポーター》
惇史さんは「ALSという病気は誤解されていて、まるで何をすることもできなくなると思われている。サポートしてもらう必要はあるが、自分がやりたいことを諦めなければ、実現できる。患者である自分がそれを示す使命もある」と話していました。

惇史さんと若子さんの次回のコンサートは2018年6月と12月に東京練馬区で予定です。

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