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築地を支える“小車” 最後の職人の心意気

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まちの未来
まちと人
ひるまえほっと
東京
2016年12月3日

■日本の台所に“なくてはならない”小車

昭和10年に開場した“日本の台所”築地市場で長年運搬を担ってきたのが手押しの台車、小車です。60年近く市場の物流を支えてきました。横幅は70センチ。1トン近くまでの荷物を運べるといいます。

電動の運搬車“ターレ”に主役の座を譲った今でも特に使われているのが、水産仲卸が集まる区画。店と店との間は、狭いところでは人がすれ違うほどしかありません。小車は細い通路に向いていて、客が買い付けた水産物を車に積み込む場所まで迅速に運べるのです。

■築地唯一の小車職人

築地になくてはならない小車ですが、製造修理を手がける職人は現在1人しかいません。

桐生源三さんです。この日は、新車を製造していました。
桐生さん「1から10までみんな手でやる。機械はあんまり使わないからさ」

材料は車輪や歯止め以外は、木材。塩水を使う市場で耐久性が保てるよう、さび止めの塗料を2日かけて重ね塗りします。木材は、水に強く丈夫なカシやヒノキ、そして軽いスギを使い分けます。

丁寧にさび止めを施した土台に、屋号を書いた天板を載せ、仕上げていきます。
桐生さん「これで完成です。後は配達するだけ」

清水「新しいのを出す時はどんな気持ちですか?」
桐生さん「うん、なんか娘を嫁に出すみたいな感じだね」

客の元へは、必ず自分で配達します。今回納品したのは、市場で冷凍庫を管理する団体です。ここでは、倉庫に荷物を出し入れする際に小車を使っています。

内田さん「やっぱりいいよね、新しいのは」

さっそく出番です。マイナス25度の倉庫に、小車で荷物を運び込みます。この施設は、冷凍庫もエレベーターも、小車で使いやすいように設計されています。

「最高ですね。軽いし、車輪がよく回る」

■豊洲移転で揺れる心

この小車。実は、昭和30年代に桐生さんの父・国次郎さんによって開発されました。

大八車を小型に改良したところ、市場で爆発的に使われるようになったのです。

桐生さん
「毎日まとまって5台10台。だから(父は)夜通しやっていましたよ、寝る間も惜しんで」

それから60年。最盛期には3軒あった小車の工房も、いまは桐生さんのところだけ。週に60件ほどあった修理も、わずか4、5件になりました。そんなときに迫ってきたのが、豊洲への移転問題です。桐生さんは、市場が移転した後も仕事を続けるかどうか悩んでいます。

「狭いところで結構うちの車は使うけれども、向こうに行くと広くなるじゃないですか。なんとも言えないね」

総面積が築地のおよそ1.7倍になる豊洲市場では、狭いところでも通路の幅は4mほどあります。また1階から4階の立体構造になるため、人力の小車が使われるのか、不安を抱えています。

■必要とされる限り続けたい

2016年10月半ば、仲卸が入る区画の内覧会が開かれ、桐生さんは視察に向かいました。

「新たな気持ちで、中をちょっと見学してきます」

スロープの傾斜やエレベーターの配置などを確認しました。

「広いね。スロープもあるんだけど、エレベーターもね、各階に細かく方々に散らばっているから。まあ、心配していたほどでもない。エレベーターがあるから大丈夫と思いますよ」

桐生さんは、移転後も小車を使うかどうか仲卸に聞いて回るつもりです。必要とされるなら、仕事を続けたいと思い始めています。

小車を愛用している仲卸は。

「絶対ダメだよ、行かないと、って俺も言いました。(小車は)なくならないと思う。どんなに(電動)ターレットが普及しても、必ず必要な人、必要なお店があるから」

「いちばん最初に築地に入った時なんて、これを引いてバランスとか力を体につけた思い出がある。ターレットだけではまかなえない細かい小回りのきく仕事や、特に振動の問題とか。まさしく僕らの中では欠かせないものなのでがんばっていただきたい」

この日も、桐生さんを頼って、仲卸から飛び込みの修理がきました。

仲卸「頭が割れちゃって」
桐生さん「頭、前ね。後で直して持って行きます」
仲卸「あすの朝使うから、それまでに」

桐生さん
「使ってみて具合がいいと言われれば、やはりがんばらないといけないという気持ちは起きますよね。意地でもないのだけれどもね。まだ利用する人がいる限りは続けたいなとは思っている」

たったひとりで小車を製造修理する桐生源三さん。これからも日本の台所を支え続けます。《清水明花リポーター》   

(2018年5月追記)
市場の移転後に小車を作り続けるか、迷っていた桐生さんですが、仲卸などから多くの要望を受け、市場と共に豊洲へ移り製造修理を続けることに決めました。

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