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事前合宿地で広がるパラオとの交流 茨城県常陸大宮市

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五輪・パラ
おもてなし・ボランティア
首都圏ネットワーク
茨城
2017年12月21日

今回は、2020年に向けた国際交流についてです。
茨城県の常陸大宮市は、太平洋の島国、パラオの事前合宿地になりました。
2017年4月、交流のためにパラオからやってきた若者の姿を追いました。

■パラオの若者3人が交流のために来日

2017年4月に来日し、常陸大宮市で研修を受けているパラオの若者3人。
市役所では、パラオへの理解を深めてもらうPR活動などを担当しています。

ケネリー・レケメルさんは「日本に来ることに、ずっと興味があった。パラオと常陸大宮の架け橋になりたい」と、意気込みを語っています。

■戦争犠牲者の慰霊活動が交流のきっかけに

この交流のきっかけは、戦時中にさかのぼります。
研修生たちが生まれ育ったパラオのペリリュー島は、太平洋戦争の激戦地でした。

茨城の歩兵連隊2300人以上がこの地で戦死し、常陸大宮市出身の75人も含まれていました。

戦後70年余りがたった、2017年4月。
戦争犠牲者の慰霊活動を通じて始まった交流がきっかけとなり、東京大会でパラオの事前合宿が常陸大宮市で行われることになったのです。

■小学校などに出向きパラオの歴史や文化を紹介

オリンピックに向けて3人は、小学校などに出向いてパラオの歴史や文化を紹介しています。

「パラオには、パラオ語になった日本語がたくさんあります。『アジダイジョーブ』は、日本語で『おいしい』という意味です」と、日本語で児童に説明します。

太平洋戦争の前まで、日本に統治されていたパラオ。
現地では、当時の日本人が伝えた言葉が今も使われていることを伝えました。

「魚がレモンの味でおいしい」という児童の声も聞かれました。

食事をともにすることで、自然と交流が生まれます。
児童が「ドゥー・ユー・ライク・アニマル?」と話しかけると、ケネリーさんも「I like animals、I like dogs」と答え、最後に日本語で「イヌ」と付け加えるケネリーさん。

児童は「通じました。楽しいです」と笑顔です。

ケネリーさんは「子どもたちがパラオについて、これまで知らなかったことを学んでくれたと思う」と満足そうでした。

■パラオに対する見方が変わったという人も

オリンピックをきっかけにした研修生たちとの交流で、パラオに対する見方が変わったという人もいます。
市内に住む吉澤喜美子さん。ペリリュー島の戦いで、叔父の勇さんを亡くしました。

戦争が終わったあとも遺骨は見つからず、現地の砂と海水に祈りをささげています。

吉澤さんは「ペリリュー島で、どういう死に方をしたのか。戦争は無くなってほしい」と話します。

12月9日、常陸大宮市で開かれたイベントで、吉澤さんは研修生たちと話す機会がありました。
「パラオに来てくださいね」と呼びかける研修生に、吉澤さんたちは「向こうは今だと30度くらいある? ホテルある?」と尋ね、会話が進みます。

これまでパラオは遠い島国だと思っていた吉澤さん。
若者たちとふれあううちに、パラオを身近に感じるようになったといいます。

吉澤さんは「今まではパラオが離れたところで行ったこともないところだけど、この子たちが来てくれて何か現実味が。私たちもパラオに行けるなという感じ」と話していました。

■母国と日本人を手助けし、よい関係を築きたい

3年後、オリンピック・パラリンピックが開かれる東京。
そのイベント会場に、母国のパラオをPRする研修生の姿がありました。
「どこの国の方ですか? パラオ?」

日本人との「架け橋」になろうと活動するパラオの若者たち。
東京大会をきっかけに、交流が着実に広がっています。

ケネリーさんは「できるだけ多くの人に、パラオについて、私たちがやっていることについて伝えたい。パラオ選手団が来日したときに、少しでもスムーズにいけばと思う。母国と日本人を手助けすることで、よい関係を築いていきたい」と、笑顔で話していました。

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