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日航機墜落事故 同級生たちと初めて尾根へ

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特集
日航機事故
ニュースウォッチ9
群馬
2017年8月11日

520人が犠牲になった日航ジャンボ機の墜落事故から32年。

こちらの9歳の男の子は、墜落したジャンボ機に乗っていました。
その死は当時の同級生たちに大きな衝撃を与えました。

そのひとりが、こちらの女の子。
40歳になり、2人の子どもの母親です。
この夏、初めて墜落現場の御巣鷹の尾根に登ることを決めました。
《髙橋広行記者》

■甲子園に行くためジャンボ機に搭乗した同級生

石原幹子さん、40歳です。
小学3年生の時、事故で同じクラスの男の子を亡くしました。

石原さん
「健ちゃんは、これですね。いつもこんな感じで笑っていましたね」

美谷島健くん。優しくて、勉強がよくできる子どもでした。
隣の席だった石原さんは、健くんから、算数を教えてもらったり、文房具を借りたりしていました。

健くんは、野球が大好きでした。
甲子園に高校野球を見に行くためにジャンボ機に乗っていて、事故にあいました。

石原さん
「お葬式に行くよという感じで行ったと思うんですけど。実感がなかったというか。健ちゃんいるでしょう、みたいな」

中学生になってからは、毎年のように甲子園に足を運びました。
健くんが身近に感じられるように思えたからです。

■慰霊登山をためらってきた長年の思い

いつまでも、健くんをそばに感じていたい。
石原さんには、足を運べない場所がありました。
墜落現場となった、御巣鷹の尾根です。

32年前の8月12日、ジャンボ機が激突し、520人が命を奪われました。

尾根に登れば、健くんの死を突きつけられる。
そのことには耐えられないと、石原さんは思ってきたのです。

■亡くなった同級生の母親の講演会が転機に

2017年6月、石原さんに転機が訪れました。
石原さんの長男は小学1年生。あと2年で、健くんが亡くなった年になります。
その長男が通う小学校で、健くんの母親の講演会が開かれたのです。

健くんの母親・美谷島邦子さんです。
息子を突然失った体験を語り、「空の安全」を訴える活動を続けています。

美谷島邦子さん
「助けてあげなければと、その気持ちで頭の中は真っ白でした」

石原さん
「石原幹子と申します。健くんの同級生です。いま自分は2人の息子の母になって、子どもたちがいない人生っていうのは、私の中では考えられないので、健くんを失ってしまったお母さんが、どうやって乗り越えてこられたんだろう」

邦子さん
「3年生まででしたけれども、あの子の命をずっと伝えていきたいという思いで」

石原さん
「私には想像できないような苦しみとか悲しみを抱えつつ、前を向いて闘い続けている邦子さんの話を聞いて、それも自分の人生のひとつとして受け止めて生きていくことが、それが人間の生き方なのかなって」

■同じ思いを持つ同級生と会い、登山を決意

石原さんは、邦子さんから活動を手伝ってほしいと頼まれました。
訪ねてみると、さらなる出会いがありました。

石原さん「(旧姓)星野です」
同級生 「覚えてます、覚えてます」。

健くんに思いを寄せる、同級生たちと再会したのです。
その1人、龍野右紀さんです。

龍野さんは、2016年に初めて御巣鷹の尾根に登りました。
それ以来、邦子さんの活動に参加していました。
(参考:日航機墜落事故 別れた友と31年ぶりの再会

龍野さんは、石原さんたち同級生に、ことし一緒に尾根に登ろうと声をかけました。

同級生
「その日かな。(健くんが)飛行機に乗る日の午前中に、健ちゃんが遊びに来たんだよ、家に。俺、熱出て遊べなくて、帰って来たら遊ぼうねって、そのままバイバイしちゃって」

同級生
「言葉出なかったよね、あの時は」

同じ思いを持つ同級生と一緒なら、健くんの死に向き合えるかもしれない。
御巣鷹の尾根に登ろうと決めました。

石原さん
「9歳の時の自分、たぶんみんな心に深い傷を負っているから、それを受け止められるのに時間が必要だったのかなって。同じ思いをした同級生たちと登れるというのは、勇気づけられる」

■事故から32年、尾根の先には

登山当日を迎えました。
ふもとから続く急しゅんな道を上がります。

ジャンボ機が墜落した現場は、深い山の中にありました。
当時の恐怖が胸に迫ります。

一歩、一歩、健くんの墓標に近づいていきました。

石原さん
「やっと会いに来れたなって。久しぶり、何してたのという感じですね。健くんがすごく景色がいいところにいたので、この景色見ながら何考えてるの、みたいなことを聞いたりして」

『シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
 屋根まで飛んで こわれて消えた
 風 風 吹くな シャボン玉飛ばそ』

32年たって、たどりついた場所です。

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