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日航機墜落事故 別れた友と31年ぶりの再会

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特集
日航機事故
ニュースウォッチ9
群馬
2016年8月11日

520人が犠牲となった日航ジャンボ機の墜落事故から31年。
事故で亡くなった同級生と31年ぶりに向き合おうとする男性を取材しました。
《髙橋広行記者》

■事故で亡くなった友に会うため初めて尾根に

7月末、墜落現場の御巣鷹の尾根を慰霊登山に訪れる人たちがいました。

龍野右紀さん、39歳です。
事故で亡くなった同級生に会うため、初めて尾根を訪れました。

龍野さん
「ようやくきちんとここから本番に向かっていくのかなと」

■けんか別れしたまま

事故当時、小学校3年生だった龍野さん。
同級生の美谷島健くんとは、互いの家を行き来する仲でした。

当時のニュース映像より
「東京発大阪行きの日本航空機がレーダーから姿を消し、安否が気遣われています」

“健くんが事故機に乗っていたようだ”
学校の連絡網で一報を聞いた龍野さんは、言葉を失いました。

龍野さん
「え、何それって。普通にまた“おう、何する?”と会話するだろう1人だった。だから、全然受け止められなかった」

実は事故の前、龍野さんは健くんとささいなことで、とっくみあいのけんかをしていました。夏休みに入る前日のことでした。

龍野さん
「健ちゃんが僕のここ(腕)をぐっとかんで、僕はつかみながら健ちゃんの近鉄バファローズの帽子をとってやりあった。ずっとかまれていて、僕はずっと叩いていたので、歯形がそのあと残っていた」

仲直りをしないといけないと思っていた龍野さん。
事故によって、その思いはかなえられなくなったのです。

龍野さん
「また一緒に遊ぶんだろうなと、その時に仲直りすればいいやと。健ちゃんに悪いことをしたなあって。どうしたらいいかわからない。それを引きずったまま」

龍野さんには、ずっと大切にしてきた絵本があります。
事故の3年後に、健くんの母親・邦子さんが出版したもので、龍野さんがよく知る笑顔の健くんが描かれています。

大切な友とけんか別れした後悔。そして、悲しみ。
龍野さんはその思いの重さゆえに、この31年、御巣鷹の尾根に足を向けることができなかったといいます。

龍野さん
「怖さもあったし、やりきれなかったことは、ずっと心に残るものがあります」

■父の背中を押した娘

2016年、龍野さんに大きな転機が訪れました。

絵本をかいた健くんの母親の邦子さんです。
地元で子どもたちに講演を行いました。

美谷島邦子さん
「私の息子もこのジャンボ機に乗っていました。空に1人で旅立っていった健ちゃんが、いま一番願っていることは、この事故を忘れないでほしい」

その話を龍野さんの長女・葵さんが聞いていたのです。
葵さんは龍野さんに「御巣鷹の尾根に登ってみたい」と言いだしました。

葵さん 「落ちる瞬間、怖いのもそうだけど、どういう思いだったのかなって」
龍野さん「健ちゃん自身が?」
葵さん 「そう」

龍野さん
「娘にボンと背中を押されて。“行こうよ”と言ってくれた」

■健くんの母親からかけられた言葉は

事故に向き合おうと決めた龍野さん。
どうしても会いたい人がいました。

健くんの母親・邦子さんです。事故後、初めて会います。
健くんとけんか別れしたことを自然と打ち明けることができました。

龍野さん「夏休み(前の)終業式の日に、僕と健ちゃんがけんかしたんです」
邦子さん「そうなの」
龍野さん「僕が健ちゃんをこうやってやっている(叩いている)わけです」
邦子さん「けんかだもんね」
    「そのころの健ちゃんがそのままいるみたいよ。ふふふ」

邦子さんが口にしたのは感謝の気持ちでした。

邦子さん
「さっきから話していて、健ちゃんはみんなの心の中に31年間ずっと生きていたんだなって。いまも生きてるかなって、すごい思いました。私はそれだけで本当に十分なんです。ありがとう」

健くんに会いに行く。龍野さんの決意が固まりました。

■そして再会

登山当日。
龍野さん親子は、急な斜面を一歩一歩、踏みしめるように頂上をめざします。

健くんの墓標にたどり着きました。

龍野さん「(シーサーは)守り神になるので」

邦子さん「ほら、来たよ。あいさつしなさい」

31年ぶりの再会です。

龍野さん
「『けんか別れしたままだったね。ごめんね』と。僕の記憶の31年前の彼の状態で、“いいよいいよ”と笑っているような気がしました」

龍野さん「蝶だ」

龍野さん親子が墓標から離れようとしたそのとき、一匹の蝶が周りを舞いました。

龍野さん
「どこにも行かずに、ここで舞っている。迎えに来てくれたような気がしない? 何か言いに来てくれたような気がしない?」

事故で幼くして命を失った友。
龍野さんは、その思いを受け止めました。

龍野さん
「9年間で命を落としてしまった。けれどもそれは短い9年間ではなくて、短くても太い9年間だったはずなんですよね。そういった重みを(健くんが)いまのお前だったらわかるぞと、娘を通してチャンスをくれたんだと思いますね」

龍野さんは今後、事故を伝える活動を続けてきた健くんのお母さんの邦子さんを支えていきたいと思っていて、当時の同級生たちにも呼びかけをしているということです。


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