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避難指示区域 写真に寄せる思い

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震災
伝える
ひるまえほっと
東京
2017年3月9日

東日本大震災、そして東京電力福島第一原発の事故から6年。
避難指示が出ている地域を撮影した写真についてお伝えします。

左から、島津有理子アナウンサー、松尾衣里子リポーター

(松尾衣里子リポーター)
こちらの写真は、2015年9月に撮影した福島県浪江町の中心部の住宅地の様子です。

幅40センチ、長さ2メートルの大きな写真です。4枚に分けて撮った写真をつなげてパノラマで見られるようにし、現場の臨場感があふれるように表現しました。

(島津有理子アナウンサー)
町が自然に飲み込まれるような感じが伝わってきますね。

(松尾リポーター)
いまは避難指示の解除に向けて草は刈り取られていますが、こうした人がいなくなった町が、時間の経過とともに変化してきた様子を記録しているんです。

撮影したのは、東京・八王子市に住む写真家、中筋純さんです。
4年にわたって福島県に通い続け、避難指示が出ている地域の撮影をしてきました。
この春、広い区域で避難指示が解除され、大きな節目を迎えます。
そうした時期に福島県で開かれた写真展、中筋さんの写真に人々はどんな思いを抱いているのでしょうか。

■避難指示区域を撮り続けている東京の写真家

福島県の浪江町を中心に、原発事故で避難指示が出ている地域を撮影し続けている写真家の中筋純さん。
震災の2年後から、40回以上にわたって通い続けています。

こちらは無人の駅を写した写真。4年前から同じ場所で何度も撮っています。
人が去ったあと、時間とともに変化していく姿を克明に記録しています。

中筋さん
「最初に行ったときは、本当にやみくもにシャッター切っていた。時間の流れがわかるような場所とか。写真というのは、同じところを撮っていると、記録していくということが大事なんだと改めて気が付いた」

■福島の姿を伝えるため、全国各地で写真展を開催

こうした地域の姿を伝えようと、中筋さんは2016年から東京を始め全国各地で写真展を開いてきました。
福島のことを遠い出来事だと思ってもらいたくないからです。

中筋さん
「あなたの暮らしがなくなっちゃうんだよ、あなたの大好きな土地が一瞬にして汚染物扱いされるんだと。ものすごくシンプルで単純なイメージだと思う。やっぱり生活に直結しているから」

写真展を各地で開くうちに、全国に避難している福島県出身の人々が写真を見に来るようになりました。

長さ7.5メートルの商店街の写真。3年前に浪江町で撮影しました。
履物屋や美容室など1軒1軒撮影し、合成して1枚の写真に仕上げました。
見た人が商店街を歩いている感覚になるよう工夫しています。

■原発事故後に東京へ避難し、いまも暮らす女性

この写真に特別な思いを寄せている人がいます。
門馬昌子さん。
原発事故後に東京へ避難し、いまも東京で暮らしています。

写真に写る商店街は家のすぐそばで、いつも通っていました。

門馬さん
「友達が『浪江町を撮った写真展があるみたいよ』って教えてくれたので、行ってみたら懐かしい街並みがあるわけですよ。ここは門馬理容店だとか蒲生(がもう)電気屋さんだとか。最初見たときはね、涙こぼれましたね」

地元で長年高校教師をつとめた門馬さん。
定年退職後は夫と娘、孫に囲まれた悠々自適の生活を送ってきました。

門馬さん
「楽しい余生でしたね。自然豊かな町に住んで。温かい人間関係が作れていたし。本当楽しい毎日でした」

■避難生活のなか体調を崩した夫、3年前に他界

そんな暮らしを一変させた、原発事故。
住み慣れた我が家を着の身着のままで飛び出し、東京にたどり着きました。

避難生活のなか、夫の洋さんは体調を崩しました。社交的で明るい性格でしたが、慣れない暮らしで、引きこもりがちに。
3年前に肺炎で亡くなりました。

門馬さん
「あれほど生き生きとしていた主人が、ガラッと変わっちゃってね。東電は想定外の事故って言っていたけど、こっちの想定外の人生の方がものすごいじゃないですかって、私は言いたいんだけど」

■友達は全国ちりぢりに「ふるさとには戻らない」

この春、広い区域で避難指示が解除され、門馬さんも自宅に戻ることができるようになります。
しかし、門馬さんは帰るつもりはありません。

門馬さん
「友達はみんな北海道苫小牧市から沖縄糸満市までちりぢりに避難して、落ち着いてしまって帰ってこないと言っているんですよね。だから私1人浪江に帰っても、うつ病になるばっかりだなあと思うので、もう戻らないと思っています」

震災から6年。
門馬さんにとって、ふるさとはいまも遠い存在のままです。

門馬さん
「『ふるさと』っていう歌ありますよね。私あれ歌えなくなっちゃったんです。どっか行くと最後に結構歌われますよね。そのときは会場をすっと逃げ出すんです。涙をこぼしているところを見られたくないので。もう戻れないと思っているから」

■写真展には地元出身者にも参加してもらうことに

2月下旬、東京のアトリエで中筋さんは福島で開く写真展の準備を進めていました。
避難指示が出ている地域が故郷となる人々にこの写真がどう写るのか、中筋さんは不安を抱いていました。
そこで地元出身の人にも参加してもらい、当事者としての視点を大切にすることにしました。

浪江町出身の三原由起子さん。今回の写真展を手伝うことになっています。
東京で暮らしているときに原発事故があり、実家の両親や姉弟が避難生活を余儀なくされました。

三原さんが特に印象的だと感じているのがこの写真。
元は田んぼだったところが荒れ果てています。
失われていく故郷の姿に、改めて向き合わされたといいます。

三原さん
「田んぼに励まされてきた高校時代。私は浪江町からいわき市に通っていたから、常磐線で。だからいつも田んぼの風景や海を見ながら通っていた。暮らしっていうのが、本当に失われたんだなって思う」

■浪江町出身の女性、故郷を失った思いを短歌に

三原さんの実家は、浪江町で大正時代から商店を営んでいました。
思い出がたくさんつまった故郷を突然失った三原さん。

その思いを短歌にしてきました。
中筋さんは写真に三原さんの短歌を添え、地元の人が抱く心の声を表すことにしました。

『ふるさとは 小分けにされて 
 真っ黒な 袋の中で 燃やされるのを待つ』

除染後、廃棄物としてつまれた黒い袋の山を見て詠んだ歌です。

三原さん
「(黒い袋の)中に入っているのは、自分のふるさとが小分けにされているもので、すごく複雑な気持ちで。自分たちの暮らしが冒とくされた気がしちゃう。自分たちの暮した証しが、隠されちゃうことがすごく嫌だなあと」

写真展では、3つの短歌を写真に添えることにしました。
原発事故で一変してからのふるさとの風景。
福島の多くの人々に見てほしいと考えています。

■写真展当日、いまも避難続ける人たちも手伝いに

福島での写真展当日。
朝早くから、中筋さんの活動に共感する福島の人たちなど、20人近くが集まりました。
浪江町、大熊町、飯館村などいまも避難を続けている人たちも手伝っていました。

大熊町出身の男性
「全国でこの写真が回ってきて『福島にお帰り』っていう感じで。こうやって写真展をやっていただけることが、こんなにありがたいことだと、6年たってより身にしみる」

まもなく避難指示が解除され、住民の帰還が始まります。
中筋さんは、住民が帰ってきてからの地域の移り変わりも撮影し続けたいと考えています。

中筋さん
「帰ってくる人もいくらかいると思う。どういった人が戻ってきてどういったなりわいをして、どういった気持ちで暮らすのか、そういったものを丹念にひろっていければと思っています。続けられるかぎり続けていきたいと思っています」

■生活や人とのつながりがあってこそのふるさと

(島津アナウンサー)
門馬さんのお話を聞いて思うことは、ふるさとというのは場所だけではなくて、生活や人とのつながりがあってこそのふるさとなんですよね。そのふるさとが失われてしまって、それを取り戻すのは本当に難しいことですよね。

(松尾リポーター)
浪江町で行った2016年9月の調査では、今後町に帰ることを希望する方は17.5パーセントということだそうです。解除後すぐにという人は、もっと少ないと見られています。
取材を通して話を聞いた人のなかでも、帰ることができる地域の人とそうではない人、またそのなかでも帰る人と帰らない人、同じふるさとの人でも立場はそれぞれで、ますます複雑な思いを抱いている人も多いように感じました。

(島津アナウンサー)
全国各地に避難されているということですけれども、ふるさとを思う気持ちというのはいつも心に引っかかっていると思うんですよね。そういう人たちの代わりに目となって写真を撮り続けている中筋さんの活動は、非常に貴重なことだと思いました。

(松尾リポーター)
門馬さんも懐かしんでいた浪江町の商店街を歩くような写真、3年前の撮影当時はまだ店が多く残っていましたが、避難指示解除を前に解体する店も増えてきていて、ところどころ店はなくなってきているということです。町の様子もこれからまた大きく変わっていくのだと感じました。

(島津アナウンサー)
そうなるとこれまで撮ってきた写真は、さらに貴重なものになりますね。
福島での写真展ですが、見た人たちの反響はどうでしたか?

(松尾リポーター)
地元ということで、じっくり見入っている人たちが多かったです。
来た人どうしで、今後のことについて話をしている姿も印象的でした。

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