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震災証言「あの日、あの時」 “震災の記録を多くの人に” 大学院生の取り組み

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震災
伝える
茨城ニュースいば6
茨城
2015年7月8日

(高橋康輔アナウンサー)
シリーズでお伝えしている震災証言記録「あの日、あの時」。
4年前の3月11日、被災した人たちがどこにいて何をしていたのか、NHKでは被災地で証言を集めています。

(高橋温美キャスター)
今回お話していただくのは、こちらの方。筑波大学の大学院生・三原鉄也さんです。
三原さんは、震災にまつわる記録や証言を保存し、将来の防災に役立てるための研究をしています。

(高橋康輔アナウンサー)
研究を始めるきっかけとなった震災についての証言です。

■震災アーカイブを将来の防災に役立てる研究

筑波大学、大学院生の三原鉄也さん、30歳。

三原さんが研究しているのは、震災の資料を集めた、アーカイブです。

津波の被害を伝える写真の数々。

そして、地震の瞬間を撮影した映像。

画像提供:国立国会図書館

画像提供:国立国会図書館

こうした、震災に関連する映像や、行政の対応を記した文章などをネットワーク上で保存。
誰でも自由に検索し、閲覧できるのが、震災アーカイブです。

「いざという時のために必要な情報として、きちんと保存して、いざという時には、それをみんなが参照して、役に立つ」。

情報を活用することで、防災や、将来の震災への備えになることが期待される震災アーカイブ。

三原さんが研究を始めたきっかけは、あの日の経験にあるといいます。

■東日本大震災では、筑波大学でも大きな被害

4年前のあの日、つくば市を、最大震度6弱の揺れが襲いました。

筑波大学では、多くの建物が損壊。

研究で使う器具や、資料なども大きな被害を受けました。

「ただごとじゃない揺れで、とりあえずこれはちょっと外に出た方がいいということでここから出て行って」。

研究室にいた三原さんは、すぐに避難を開始。
途中で発生した余震は、立っていられないほどの揺れでした。

一度は避難したものの、自宅も停電状態。夕方、電力が回復した大学へ戻ります。

すると、明かりや暖房を求めた避難者が、バスでやってきました。
乗っていたのは、100人を超える外国人留学生でした。

■留学生への対応に役立った「ホワイトボード」

2千人以上の留学生が通う筑波大学。キャンパス内の留学生用宿舎が大きな被害を受けたため、集団で避難してきたのです。

普段からこの建物を利用しているため、部屋の鍵を持ち、備品の場所なども知る三原さんが、避難者の対応にあたります。

そのとき取り出したのは、ホワイトボードでした。
色々な国の人がいる中、言葉を使わなくても、図や文字を書いて説明できるようにしたのです。

「片方に、 “message board” と書いて」。
半分は伝言板に。

もう半分には、いちばん聞かれることが多かった、水を流せるトイレの位置を書きました。

三原さんがこうした対応をとれたのは、ある体験のおかげだといいます。

「阪神大震災のときに、避難所にはこういうものが置かれてみんなが見ていた、という写真や映像があったのを覚えてたんだと思う」。

■行動の背景には、阪神淡路大震災の記憶

平成7年、阪神淡路大震災。

神戸に住む親戚が被災し、三原さんは、当時住んでいた静岡から、両親とともに支援に向かいました。

小学生だった三原さんがよく覚えていること。
それは、大人たちが復旧にむけ、一つ一つできることから前向きに取り組む様子でした。

「被害の状況とあわせて、そこにいる人たちがどうしいたかっていうのはすごく印象に残っています。
 (だから)自分は東日本大震災のときに、ちょっとでも人の役に立つような行動をしようと」。

■3.11の支援で気づいた、情報の重要さ

神戸での体験から、自分にできることはなんでもやろう、そう感じていた三原さんが向かったのは、避難者が集まるホールです。

携帯電話の回線がつながりにくく、留学生が困っているという状況に出会いました。

不安そうな彼らを助けたいと思った三原さんは、ホールにあるインターネットの回線が使えないかと考えました。

自分の研究室から、インターネットに接続する機械を持ち出し設置。
留学生たちは、自分の国の言葉でニュースを見たり、海外にいる家族や友人と情報交換を行えるようになりました。

三原さんは、留学生の不安の原因は、震災への知識や情報の不足にあったのかもしれないと言います。

「阪神大震災のことを思い出したからこそ、今回自分が助かったことも本当に数多くあって、それはたぶん他の人も、もし(情報を)知ってたら、もっと困らないで済んだようなことがたくさんあると思うんです」。

■より多くの人に知ってもらうためマンガも制作

4年前の体験で気づいた、震災の時にどうすればいいのかという知識や情報の重要性。
三原さんは、震災アーカイブを研究することにしました。

現在は、どうすればより多くの人に活用してもらえるか、研究しています。

「失われてしまった公的な記録ですとか個人の記憶とか、情報を入手するための仕組みっていうのがあるべきかなと思っています」。

また、より多くの人に震災の体験を残そうと、友人とマンガを制作。

インターネットでも、国内外で無料で公開。
これまでに、一万人以上に読まれました。

大学で、ホワイトボードを使って留学生の支援にあたったこと。

阪神淡路大震災で目撃した、人々の前向きな様子を描きます。

三原さんはマンガやアーカイブという手段を使って、震災について考え、備えるきっかけを作りたいと願っています。

「よく顔の見知った親戚が神戸で被災して、そして自分が地震の経験をしたっていうことは、もうなんか宿命みたいに思っています。人の記憶に関わること、記憶しなくてはいけないこと、記録しなくてはいけないこと、もしくはそれを支える仕組みですね。そういうものには携わっていきたいなあというのは強く思っています」。

■民間企業と共に検索システムの開発に取り組む

(高橋康輔アナウンサー)
三原さんが研究している「震災アーカイブ」ですが、4年たって多くの資料や情報が集まる一方で、それをどのように整理して利用しやすくするかが、今後の研究課題だということです。
現在、三原さんが所属する研究室では、民間の会社と共にアーカイブ内の情報をより検索しやすくするシステムの開発に取り組んでいるということです。

(高橋温美キャスター)
東日本大震災の記録が、しっかりと将来の防災に生かされるよう、期待したいですね。



三原さんが友人と制作したマンガ「うごいたまち」は、インターネットで無料で閲覧できます。

なっとうどーもくん水戸放送局ホームページ別ウィンドウで開く

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