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“禁じられた”避難 知られざる空襲下の実態

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戦争を伝える
空襲
特報首都圏
東京
2015年4月24日

70年前、日本各地の空に繰り返し押し寄せてきたアメリカ軍の爆撃機の黒い機影。そこから投下された焼夷弾によって、木造家屋にあふれていた当時の町は次々と炎に包まれ、多くの市民が命を奪われました。

70年前、空襲で被害にあった豊村美恵子さん。
両親と二人の兄弟、そして自身の右手を失いました。
あの日の記憶は、70年経った今も、脳裏に焼き付いています。

「右半身血だらけで、足まで生ぬるい血が流れてくるのが分かるんですね。それで手をきらないでと言ったんだけど、目が覚めたらここが丸く丸く包帯まかれてて」

「どう生きていっていいか分からなかった」

太平洋戦争末期、全国200以上の都市で行われた、アメリカ軍による無差別爆撃。
多くの民間人が犠牲となりましたが、空襲被害の全容は、未だにわかっていません。

遺族が20年に渡って集めた犠牲者1万人の記録。その分析から、意外な事実が明らかになってきました。

空襲が迫っても、多くの人が、避難せず、命を落としていたのです。

「空襲でぼかぼか爆弾や焼夷弾落とされてるのに、逃げちゃだめだって。逃げるのは、非国民」

背景には、空襲から逃げることを禁じる、ある国策がありました。

「爆弾に向かって、市民をつっこませていくような法律。」

犠牲者が増え続けても、方針は改められず、空襲被害は拡大しました。
その知られざる実態について首都圏ネットワーク(3月31日放送)の企画制作後も取材を続け、特報首都圏で「“禁じられた”避難~知られざる空襲下の実態~」として放送しました。

【記事一覧】

■“禁じられた”避難~知られざる空襲下の実態~
■防空法が生み出した意識“逃げるのは非国民”
■失われた見直しの機会

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