MIRAIMAGINE

Menu
Clip

メニューを開きます

MIRAIMAGINE

Menu
Clip

メニューを開きます

【サイト独自取材】制定から30年 “均等法第一世代”に聞く

クリップ
ページを保存しました。画面右上から保存したページを一覧でみれます。
女と男
働き方・生き方
東京
2015年3月30日

「女と男 働き方あすへ」シリーズの1回目のVTRに出てきた、男女雇用機会均等法第一世代の伊能美和子さんは、当時の番組のインタビューでこう語っていました。

(クローズアップ現代 1993/8/26)

「一般的にいえば、結婚したりとか子ども産んだりとかっていうこともあるんでしょうけれども、全部がほしいんですよね、私は。仕事か結婚かとか、そういう選び方はしたくないと思っています。どれもいっぺんにほしいなっていう感じです」

(クローズアップ現代 1993/8/26)

伊能さんにこの30年を振り返ってお話しを伺いました。

「入社して5年くらいかなあ・・・それまでは、蝶よ花よじゃないけど、なんとなく新入社員に毛の生えた人みたいな感じで、どこ行ってもお客さん扱いで。女性多いとはいっても、まだ珍しいから、すごく女子扱いというか、今思うと。イベントとかあると、それこそお茶出し要員とか、都市対抗野球とかあるんですけど、ポンポン持って足あげるみたいな。そういう、今思うとそれってセクハラとかねえ、パワハラとか言われちゃうのかもしれないけど、結構、喜んでやっていて。そういうのも27、8で一線を引く感じっていうのがあって。言葉が変なんですけど、職業婦人としてがんばらないといけないみたいな、自分ではそういう感じに思っていて。
何かをとったら何かを捨てなきゃいけないってすごく嫌だなあと思っていた。欲張りなんですね。だけど、『女の子』っていう扱いは捨てなきゃいけないんだなっていう、言葉はあれだけど、職業婦人として生きていこうみたいな、なんか覚悟みたいなのはちょっとありましたね」

(クローズアップ現代 2006/11/13)

職場の同僚と結婚した伊能さん。転機となったのは母親の介護でした。

「やっぱり介護は大きかったと思いますね。結局、介護は足かけ17年やっているので。
最初の2年は父が存命だったんですけど、母が倒れた後。父が介護者だったんですけど
2年で亡くなってしまって。母親をなんて言ったらいいのかなあ。今でいうと認知症に近いような状況。高次脳機能障害っていうんですけど。くも膜化出血で脳にダメージがあって、だから普通の人じゃなくなっちゃって、意志決定が自分でできなくなっちゃたりとか、記憶力が全くなくなっちゃたりとか。

(クローズアップ現代 2006/11/13)

Qお母さま倒れられたとき、何歳?

「30かな。しかも結婚して新婚旅行に行っているときに、倒れたっていうFAXが父から来たんですね、ホテルに。まだメールとかない、あまり使っていない時代で。FAXが来て。だから、新婚生活はそういう母を抱えてスタートという状態でしたね」

Qそのときは、今までと同じようには働けないという状況ですよね?

「イメージとしては、やっている仕事のほかにもう一個仕事をもっているという感じ。プロジェクトもう一個もっているって感じ。ロングレンジのプロジェクトずっともっているって感じで、でももう私が働いていることを喜ぶ母だったと思っているので、娘が仕事をやめたら悲しいだろうなあって思って。やめないで、どうやったらできるかっていうことはすごい考えて、お金と人の力を使うっていうのはすごい考えました。
まだ若すぎて、56で倒れたので、うちの母。デイサービスとかも65からなんですよね。なので、行けなくて。子どもで例えば自閉症とか、ちょっと障害のあるお子さんをおもちになられている方とかの支援施設みたいなのがあって、市役所に相談して、そういうところに入れていただいたり」

(クローズアップ現代 2006/11/13)

Q今までと同じように働けないということで、挫折感とか逆に働き方変えないといけない?

「挫折感っていうのはなかったけれど、職場の人に事情を説明しました。
突発的に入院したりとかっていうのもありましたし、すぐ電話かかってきて、メールとかじゃないんですね、ああいうとこって、電話かかってきますからって、これこれこういう状況なのでっていうのをちゃんと、職場の上司はもちろんなんですけれども、職場のみんなに普通に言っていました。言わないと、何でこの人こうなのっていうのがわからないと思ったので。
自分の中で何を犠牲にしたかっていうと、犠牲にしたのは子どものことですね。それは犠牲にしたと思います。やっぱりフルタイムで働いて親を介護してっていう3つはとれなかったなって」

Qいろんな選択肢がないっていうなかで、自分が選択する分、難しいっていう・・・?

「20年後どうなっていたいかなあっていう風に考えたときに、もちろん子どもを育てている自分っていうのもイメージはしていたと思うし。でも、母がいなくなっているっていうことをイメージできなかったので。で、やっぱり働いていない自分っていうのもイメージできなかったので。うーん、どうなんだろうっていう、それはすごく考えて。
いちばん葛藤があったのは、子どもを産む、産まないかですかね。やっぱり40過ぎたら産めないじゃないですか、いくら不妊治療やったとしても。どんなにがんばったとしても45くらいかなあとか思うので。35とか40手前くらいの時がそれはいちばん悩んでいたかもしれない。もう最後だなあとか」

Qご主人は?

「主人はやっぱり子どもを産む、育てるっていう選択をしなかったんですよね、きっと」

(クローズアップ現代 2006/11/13)

Q介護を経験したことが、部下を持ったときに役に立っていると思うことは?

「個人のさまざまな事情に対して、ある意味あきらめがつくというか、しょうがないよね、人生いろいろあるもんねとは思います。
あとはペースをずーっと同じで働ける人ばかりではなくって、個人で病気しちゃうことも、もちろんあるでしょうし、ずーっと同じに働くというよりは、ペースを上げたり、下げたりすることがあってもいいというか、それは仕方がないっていうふうにすごく思える。病気の人とずっと一緒にいたり、介護をしなきゃいけない人とずっといたりすると、こういうことはあるんだっていう。
子どもは、むしろ数年なんですよね。で、どんどんできるようになるから、先が明るいけれど、介護をみているとダメになっていく一方なので、あきらめる、仕方がないって思うことがすごく多かったから。あんまり過度に期待もしないし、その個人の事情に合わせて、ちゃんとみんなに理解をしてもらって、やめないでって思う。やめたら終わりだから。やめない方法はいくらでもあるから。」

現在伊能さんは、NTTドコモで教育担当推進部長として、新たな事業の開発に取り組んでいます。去年春には、ネット上で無料で大学の講義を受講することのできるシステムを完成し、話題を呼びました。
そして、今、伊能さんが取り組んでいるのが、女性の働き方を広げる仕事です。事業提携するクッキングスタジオを受講した女性たちが、新たなビジネスを始めることができないか、さまざまな分野の企業の知恵を集めながら事業化を模索しようとしています。
介護との両立を通して生まれた、伊能さんの新たな夢です。

「今、私もう1個やりたいなあって思っているのが、女性の働き方のバリエーションを増やしたいなあってすごく思っていて。
私たちのときっていうのは、粉骨砕身、男の人みたいな働き方か、言葉はあれだけど、派遣で働くか、わりと二者択一みたいな感じだったけれど、もちろん真ん中にいらっしゃる方もいるんですけど、もっと、それこそ自分で会社を起こすとか、自分のプライドと時間をうまくコントロールしながら、働くバリエーションっていうのを増やせないかなあって。
ネットでも別に営業できるし、地方に住んでいても、昔よりずっとできるようになっているし。
英語をがんばれば、グローバルなマーケットはあるわけだし、働き方のバリエーションというのをどうにかして増やせないかなあというのは思いますね」

■ピックアップ記事

女と男 働き方あすへ(1)均等法制定30年 直面する課題は
男女雇用機会均等法制定から30年を振り返り、今、改めて何が問題になっているのかをリポートした記事です。番組では、30年前、新入社員当時の伊能さんのインタビュー映像を使用しました。ぜひ、こちらの記事もあわせてご覧ください。>記事を読む

※2015年3月31日放送の「クローズアップ現代」に、伊能美和子さんが出演されました。放送内容は、こちらをご覧ください。

関連のページ

首都圏NEWS WEB 関連記事

人気のページ

前へ
前へ
次へ
次へ

Twitter公式アカウントで更新情報をチェック

@nhk_miraima

別ウィンドウで開く

※NHKサイトを離れます