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中江有里のブックレビュー Z世代・アザラシ救助隊… 未知の世界にふれる4冊

  • 2022年11月7日

アザラシ元飼育員の奮闘記。
生誕90年絵本作家による旅の文とスケッチ、初の文庫化。
Z世代の若者たちを取り巻くSNSを題材にした、フランス人作家による小説。
人気校正者があかす、一冊の本ができるまで。
知らない世界を追体験できるのが、読書の魅力!そんな4冊をご紹介。

【番組で紹介した本】

『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』
著者:岡崎雅子
出版社:実業之日本社

Yuri’s Point
アザラシの保護施設で10年間務めた元飼育員による奮闘記。
幼少期からのアザラシ愛が高じて北海道紋別にあるアザラシ専門の保護施設で働く著者。人間と同じ哺乳類で頭がいいアザラシは、それぞれの個体が個性的。性格も食べ物の好みも違うアザラシたちとの意思疎通は知恵と工夫の連続。言葉より言い方、しぐさや様子を観察してコミュニケーションする。
アザラシの保護活動、アザラシと人間との共存など、簡単に解決しない問題をはらみながらも、目の前のアザラシを守りたくなる気持ちが伝わる。好きなことを貫いたエネルギーに満ちた一冊。

『ここに住みたい』
著者:堀内誠一
出版社:中央公論新社

Yuri’s Point
絵本作家でアートディレクターの著者による、旅の文とスケッチ。生誕90年の年に、初めて文庫化された。メキシコではおもちゃにハマり、スペインでダリと遭遇する。その他訪れた国は、イタリア、フランス、中国…。
描かれている国の情景は1980年代。海外が今よりとずっと遠く、未知だったころ。華やかな観光地ではなく、その国の日常の街の光景、食事、人に焦点をあてている。知らないのに、どこか懐かしく感じる。カラフルでキッチュなスケッチと文章によって、一時代前の世界に引き込まれるよう。

『翼っていうのは嘘だけど』
著者:フランチェスカ・セラ
訳:伊禮規与美(※禮は「ネに豊」)
出版社:早川書房

Z世代の若者たちを取り巻くSNSを題材とした、フランス人作家による初の小説。高校一年生の少女・ガランスにとって、SNSは世界の全てだった。ある日憧れの先輩からSNSをフォローされ、ハロウィーンパーティーに参加したことがきっかけで、上級生の人気グループの仲間入りをする。しかし町で開催されたモデルコンテストのファイナリストに選ばれたとたん、彼女の秘密の動画がネット上に流出。ガランスは突然疾走してしまう…

Yuri’s Point
Z世代のことを知りたくてこの本を手に取った。わたしもSNSをやっているが、大人になってから触れる世代と、子どもの頃からある世代とでは全く違う。SNSの中がひとつの仮想現実のようになっていて、通常の人間関係とは別に、ネット上だけでつながる人間関係がある。一方でこの頃の悩みは意外と時代や国を問わず、共通していると感じた。
物語後半、失踪事件を起こして、親や友達、SNSからも解き放たれた時間を持ったガランスが描かれる。そこで彼女が何をどう感じたのかにも注目してほしい。

『文にあたる』
著者:牟田都子
出版社:亜紀書房

本が出版される前に内容の誤りを正し、不足な点を補う「校正」の仕事をする著者が、言葉との向き合い方、仕事に取り組む意識についてなど、本ができ上がるまでの思いのたけをつづった一冊。

Yuri’s Point
本を書く仕事をしているわたしにとっては、なくてはならない存在。著者と編集者以外で、初めて作品を読む人。普段話すことのない校正者が、どんなことを考え、どんなふうに仕事に取り組んでいるのか、仕事の裏側を知ることができた本。一方で、読者である皆さんにも、一冊の本がこんな風にいろんな人の手を介して出版されている、という丁寧な仕事の上に成り立つ作品であることを知って頂けるのでは。
日々わたしも「本は人間よりも長く生きる」(p101)と思って執筆しているが、校正という仕事をする著者も同じ思いでいることを知ることができた。「本とは何か」ということを校正者の立場からつづった、本への愛にあふれた一冊。

 

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【案内人】
☆女優・作家・歌手 中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
数多くのTVドラマ、映画に出演。02年「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞受賞。NHK-BS『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか!』ヒロイン、映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演。
近著に『万葉と沙羅』(文藝春秋)、『残りものには、過去がある』(新潮文庫)、『水の月』(潮出版社)など。
文化庁文化審議会委員。2019年より歌手活動再開。

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