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山本文緒 生前最後の短編集を語る 中江有里のブックレビュー

  • 2022年1月11日

直木賞作家、山本文緒の生前最後の短編集。日本近代建築の雄、妻木頼黄を主人公にした小説。イタリアで親しまれる童話作家の最新短編集。庭にあらわれたたぬきの一家の日常生活を描いた絵本。電気・ガス・水道・インターネット…テクノロジーを使わない生活を始めた著者が感じたこととは?

すべての人や物事には表と裏がある。起こった現象は同じでも、自分がどの立場にいるかによって感じ方は全く違う。本というフィルターを通せば、人はさまざまな立場に立って気持ちを理解することができる。そんな5冊をご紹介します。

【番組で紹介した本】

『クジオのさかな会計士』
著者:ジャンニ・ロダーリ
訳:内田 洋子
出版社:講談社

Yuri’s Point
イタリアで親しまれている童話作家の最新刊。学校や家族、生き物、友情、四季折々の行事というテーマをもとに、四行詩や韻を踏む散文詩、多様なショートストーリーが60編収められている。ロダーリの作品が日本語で訳されてこれで3冊目。表題作はさかなになりたいと願う会計士が登場する。魚になって泳ぐことで湖をきれいにしたい。子どものような会計士の純粋さに心がほだされてしまうが、それで話は終わらない。開いたところから読める、気軽で、少し不思議な世界へつれていかれる一冊。

 

『たぬき』
著者:いせ ひでこ
出版社:平凡社

Yuri’s Point
2011年の震災があった春のある日、著者のいせひでこさんの庭にあらわれたたぬきの一家。日々の観察が一冊の絵本となった。計画停電、放射線の数値と、震災の影響がさまざまにある中で、たぬきの観察を続けた。ちいさな毛衣(けごろも)だった赤ん坊狸が、成長するに従い個性が出てくること。四季の変化、そして突然の別れ……自然の中で生きるたぬきを間近で観察するが、ペットではないので触ったりはしない。たぬきたちはいせさんのお庭でくつろぎ、普通には見られないような姿を見せる。画のたぬきの愛らしさに癒される。

 

『剛心』
著者:木内 昇
出版社:集英社

Yuri’s Point
横浜赤レンガ倉庫などを設計した明治時代の建築家の巨匠・妻木頼黄(つまき・よりなか)を主人公にした小説。幼くして幕臣の父を亡くし、苦労を重ねてきた妻木は17才の時に単独渡米し、建築に目覚めてその道を究めていく。やがて力量を買われ、井上馨の「官庁集中計画」に参加することに。妻木は西洋化一辺倒の東京において、幼いころに目にした日本の景色にこだわる。どんなに才ある建築家でも、ひとりでは建物は建たない。優秀な助手、現場を取り仕切る大工、多くの人々の心をつかみ、見事に力を引き出させた。それは妻木自身が誰とも交わらない、派閥も作らない、孤高の人であったからかもしれない。

 

『ぼくはテクノロジーを使わずに生きることにした』
著者:マーク・ボイル
訳:吉田 奈緒子
出版社:紀伊国屋書店

電気、水道、ガス、テレビ、インターネット、携帯電話といった現代社会のテクノロジーを一切使わない生活が始まった。そこから見えてきたものとは。究極の生活を送る中で著者自身が感じたことをつづった一冊。

Yuri’s Point

「人間の幸せとは?」

人間は生まれた時に何も持っていないし、死ぬときも何も持っていけないが、生きている間に稼ぎ出さなければならないものがたくさんある。家族がいたり従業員がいたり、そのために頑張って働いて、それが原動力になっている部分もあるけど、それが幸せかと言われると違う部分も。持っているものが多ければ多いほど、人は失うのが怖い。でも、絶対に必要だと思い込んでいるものでも、無ければ無いで意外と困らないかもしれない。でも、日々の生活は、「それが本当に必要か?」と問いただす余裕すらない。便利で快適な生活を追及しているはずの私たちの生活を改めて考え直させられる一冊。

 

『ばにらさま』
著者:山本 文緒
出版社:文藝春秋

冴えない会社員の僕にできた彼女は、色白でとびきりかわいい“ばにらさま”。でも、彼女はバニラアイスみたいに冷たい。表題作の「ばにらさま」をはじめ、光と闇を鮮やかにえぐる6つの物語からなる短編集。

Yuri’s Point

「人間には必ず表と裏がある」

立場が変われば表と裏は逆転する。どちらが良く、どちらが悪いわけでもない。小説というと壮大なエンターテイメントを想像する方も多いが、この作品は違う。集録されている6作品は、どれも何てことない日常生活から始まって、さりげなく裏の世界に連れていかれる。みんな一生懸命生きているだけなのに、報われない切なさ。でもそこにはある種の救いがあると感じる。
おそらく誰もが共感できる部分があるのでは。


【案内人】
☆女優・作家・歌手 中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
数多くのTVドラマ、映画に出演。02年「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞受賞。NHK-BS『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか!』ヒロイン、映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演。
近著に『残りものには、過去がある』(新潮社)、『トランスファー』(中央公論新社)、初めての翻訳絵本『みんなスーパーヒーロー』(平凡社)、『万葉と沙羅』(文藝春秋)など。
文化庁文化審議会委員。2019年より歌手活動再開。

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