野田市で小学4年生の女の子が虐待を受けて死亡した事件から、1月24日で4年となりました。あの事件以降も、児童相談所に寄せられる児童虐待の件数は年々増え続けています。
一方で、子どもたちを守る「最後のとりで」でもある児童相談所の職員は不足しています。
(千葉放送局記者 坂本譲)
「お父さんにぼう力を受けています。先生、どうにかできませんか」。
小学校のアンケートにSOSを発していた野田市の当時、小学4年生の栗原心愛さん。父親から冷たいシャワーを浴びせられるなどの虐待を受け、4年前の1月24日、自宅で死亡しました。10歳でした。
この事件をめぐっては、父親が傷害致死などの罪に問われ、令和3年に懲役16年の刑が確定しています。
心愛さんの命日となる24日の朝、県庁では、児童相談所を所管する児童家庭課の職員27人が集まり、心愛さんの死を悼みました。
今日は栗原心愛さんの命日です。わずか10歳の女の子が、勇気を振り絞り発信したSOSを周囲の大人が受け止めきれず、尊い命を失うこととなった反省を、私たちはこの先も決して忘れてはならないと思います。
仕事を進めていくうちには、さまざまな困難もありますが、迷った時、悩んだ時こそ、『子どもの最善の利益を最優先に』すべきことは何か、という基本に立ち返り、関係者が協力、連携して対応することが重要です。
心愛さんの命日であるきょう、心愛さんのご冥福を心からお祈りするとともに、2度とこのような事件を起こさないという決意を新たにして、これからの業務に取り組んでいきましょう。
篠塚課長が呼びかけたあと、職員たちは1分間の黙とうをささげました。
事件以降も、児童虐待の相談件数は年々増加しています。
昨年度、18歳未満の子どもが親などから虐待を受けたとして、1都3県にある児童相談所が相談を受けて対応した件数は以下のとおりで、神奈川県以外で過去最多となりました。
昨年度(令和3年度)の速報値
東京都 2万6000件あまり
埼玉県 1万7000件あまり
神奈川県 2万1000件あまり
千葉県 1万1000件あまり
(※神奈川県以外で過去最多)
こうした中、厚生労働省は、児童相談所などの相談支援体制を強化するため、全国の児童相談所で子どもの一時保護などにあたる「児童福祉司」について、令和6年度までの2年間で、現在の体制のおよそ2割にあたる1000人程度増員し、およそ6850人の体制にするとしています。
しかし、今年度の配置基準に対して以下の人数が足りていません(NHKまとめ)。
東京都 245人
埼玉県 95人
神奈川県 59人
千葉県 15人
足りないのは児童福祉司だけではありません。
千葉県では、心愛さんの虐待事件を受けて児童虐待防止緊急対策をまとめ、令和元年度から今年度にかけて児童相談所の職員をおよそ260人増員させる計画を策定しましたが、去年4月時点での増員は216人と、目標値には届いていません。
また今年度、去年11月末までに県の児童相談所で働く職員77人が現場を離脱した一方、補充が12人にとどまるなど、現場の職員の確保も追いついていない状況です。
このため千葉県は、県内だけでなく県外の大学にも出向いて、千葉県内の児童相談所で働いてもらおうと、児童相談所での仕事に関心を持つ学生を対象に説明会を行っています。
1月18日には、実際に児童相談所で働く職員など3人が埼玉県内の大学を訪れ、集まったおよそ20人の学生たちに、仕事のやりがいや、1日のスケジュールについて語りました。
実際に現場で働く方の話を聞き、職務内容や仕事のやりがいを知ることができたのでとても勉強になりました。千葉県で働くことに興味がわきました。
県は松戸市と印西市に新しい児童相談所の設置を計画していて、令和8年度の開所に向け、より多くの職員を確保したいとしています。
子どもの未来を作り、子どもの心に種をまく仕事です。子どものSOSを、われわれ児童相談所の職員がきちんと拾って、子どもだけでなく、その子のお父さんお母さんの笑顔につなげることができたときには、やっぱり大きなやりがいを感じます。児童福祉の分野に興味を持つ人にはぜひ検討してもらい、子どもたちのために、未来のために、みなさんの力を発揮していただけたらと思います。
ただ、新たな職員の確保は容易ではありません。
千葉県では今年度、児童相談所の関係職員の採用試験をこれまでに2回実施してきました。しかし、採用募集数199人に対し、実際に受験して採用見込みとなったのは78人。
このうち児童福祉司については今年度で50人程度採用する計画ですが、受験者はあわせて29人で、採用見込みの数も9人にとどまっています。
こうした状況を受けて千葉県は、これまで県内のみで行っていた児童福祉司の採用試験を、1月20日、名古屋市でも行うこととしました。
愛知県には児童福祉司になるための資格である「社会福祉士」の合格者を数多く出している大学があり、愛知県の採用試験では志願者の数が定員を上回っていることなどから、受験者が集まることを期待しました。
しかし当日、実際に受験したのは1人にとどまりました。
児童の専門職の採用を県外でやるのは初めての試みでしたので、なかなか周知できなかったところがあると考えています。
まずは応募者を増やす取り組みが重要だと考えています。計画的で体系的な人材育成の方針を示して、千葉県職員として働く魅力を発信し、職員確保に努めていきたい。
千葉県は、今回実施した愛知県での試験を当面、継続し、広報を強化するなどして応募者を増やしていきたいとしています。
都市部を中心に、児童相談所で働く職員が不足している現状について、長年、児童相談所で勤務し、児童家庭福祉が専門の立正大学の鈴木浩之准教授はこのように指摘しています。
児童相談所の体制が急速に強化されたことによって、限られたパイの中で人材の取り合いが起きている。虐待の件数が多い都市圏ではその傾向が強く、採用が困難になっている。また、急速な採用の推進によって、全国的に児相職員のおよそ5割近くが経験年数3年未満の人たちで占められている状況で、離脱者を生まないためにも、サポート体制の強化が求められています。
そして、児童相談所や市区町村、社会的養護の現場には、家族と一緒に子どもの安全をつくり、守られてきた命がたくさんあるとして、人材育成の重要性を強調しています。
鈴木准教授「児童相談所が家族や子どもに果たす役割は大きく、価値の高い尊い仕事なので、志を持ってきた人たちがこの職場を選びたくなるような、長く仕事が続けられるような環境をつくっていくのが喫緊の課題だと思います。自治体ごとでなかなか同じような動きは難しいかもしれないけれども、グッドプラクティスを参考にしながら、抜本的な人材育成の体制をつくっていくことが必要です」
年々増加する虐待事案に対応するために職員を増やす必要がある一方、募集を行っても応募がない、現場を離脱する職員に対し補充が追いつかないなど、児童相談所の人材確保に向けての自治体の苦悩が感じられる取材でした。
今回、千葉県が打開策として県外での試験を実施し、受験者が1人という結果に終わりましたが、今後この取り組みが実を結ぶかどうかは、これからにかかっていると思います。
児童相談所での勤務は、子どもたちの将来を左右する、非常に困難で高度な専門性を持つ仕事です。熱意を持って働き出したものの、その後のギャップに苦しむ人も多いといいます。今回の人材確保の動きにあわせて、人材育成やサポート体制の充実はもちろんのこと、キャリアビジョンが描けるような職場環境づくりが全国で進んでいくことを願っています。