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台風15号から3年 医療的ケア児らの“ダイレクト避難”は進むか

  • 2022年09月07日

2019年9月、千葉県を中心に大きな被害をもたらした台風15号。この台風では記録的な暴風が吹き荒れ、千葉県内では電線や電柱が損傷して大規模な停電が発生。復旧まで長い時間を要した地域もありました。この長期停電によって、人工呼吸器の使用やたんの吸引など、在宅で「医療的ケア」を受ける子どもたちも、命の危険にさらされていました。あれから丸3年。こうした子どもたちの命を守るための対策は、はたしてどれぐらい進んだのでしょうか。

(千葉放送局成田支局 櫻井慎太郎)

長期化した停電

2019年9月9日、千葉市付近に台風15号が上陸しました。
特に影響が大きかったのが、停電の長期化です。千葉県内では最大64万戸あまりが停電し、復旧までおよそ2週間かかった地域もありました。
60代以上の8人が熱中症など停電の影響で死亡し、合わせて12人が災害関連死と認定されました。

命の危機にあった、医療的ケア児

このとき、医療的ケアを受ける子どもたちも命の危険にさらされていました。
佐倉市に住む矢澤佑奈さん(9歳)も、そのひとりです。
難病のため寝たきりで、人工呼吸器が欠かせません。
3年前、自宅が停電したのは台風上陸直後の午前7時ごろ。
当初、両親はあまり心配していなかったといいます。
通常の停電への備えはしていたからです。

母・博美さん

「2台呼吸器があって、あと外部バッテリーも合わせると20時間くらいは持つ計算でした」

父・直樹さん

「昼過ぎまでは大丈夫だろうと思っていました」

佑奈さんの呼吸器とバッテリー

ところが、昼を過ぎても復旧のめどすら分かりませんでした。
バッテリーの残りは10時間あまりとなっていました。

母・博美さん

「これが止まってしまったら、娘の呼吸も止まってしまうので……。さあどうしよう、と思いました」

電気が使える場所への避難を検討しましたが、近くの避難所は停電していました。
かかりつけの病院への避難も諦めました。通常でも車で40分かかるうえ、渋滞や倒木の情報もあったためです。
子どもの高度な医療を担う病院は限られるため、かかりつけの病院が遠方にある在宅の医療的ケア児は多いといいます。また病院側も、災害に対応する中で避難を受け入れる余裕はあまりありません。

緊急的な対応が命を救う

障害者通所施設で過ごした佑奈さん(2019年9月9日撮影)

困った両親が、ふだん利用している障害者通所施設に電話をかけると、運良く停電を免れていることが分かり、急きょ受け入れてもらいました。
結局、自宅の停電は2日間も続きました。
佑奈さんは家族とともに施設に泊まり、電気が回復してから無事に家に帰ることができました。

母・博美さん

「ほっとしました。家はすごく暑かったので、施設はエアコンも効いていて、ふだんと何一つ変わらず過ごせたので安心しました。一般の避難所は最低限のものしかなく、ただでさえ荷物が多い中で、お布団から何から自分たちで運ばないといけない。そこに落ち着けるかも分からず、本人もきついと思う」

佑奈さんが避難した「重心通所さくら」 竹内耕 所長

「やっぱり、命に関わる部分があるんだなと気がつきました。この施設もたまたま停電しなかっただけだから、ちゃんと備えておかなければいけないと思いました。あと場所は大事です。子どもは、怖いなとか緊張するなとか感じていて、具合が悪くなる人もいます。慣れたところが一番いい」

佑奈さんのような医療的ケア児を支援する「千葉県医療的ケア児等支援センター」によりますと、県内では当時、少なくとも16人が、こうした緊急的な対応で救われたということです。

教訓踏まえた「ダイレクト避難」

 

いま、こうした子どもたちの確実な避難に向けて話し合いが始まっています。
支援センターが、県内の市町村に提案しているのが「ダイレクト避難」です。

これまでの避難の流れでは、最初は一般の避難所に避難します。
次に、自治体が必要と判断した場合に、支援を受けられる福祉避難所に移ります。
しかし一般の避難所では電気を思うように使えない不安や、周囲に迷惑をかける心配があるといい、避難を諦める当事者も少なくありません。

一方、「ダイレクト避難」では、福祉避難所や市役所など、電源が確保できる避難先に直接避難します。多くの場合、医療的ケアは家族が行えるため、受け入れ側の負担は少なく、避難先の選択肢は増えるといいます。
支援センターは、台風15号の経験も踏まえて市町村に説明を行い、1人1人にあわせた個別の計画の作成を促しています。

千葉県医療的ケア児等支援センター「ぽらりす」 
景山朋子さん

「『ここだったら安心して避難できる』というところを、ご家族、ご本人、支援者とみんなで考えながら避難先を挙げていけるような仕組みになっています」

避難の準備進む現場は

いま、1人1人の計画ができはじめています。
習志野市の原コウ大※さん(17歳)。
脳腫瘍の影響で、寝ている間、人工呼吸器が必要です。
台風15号では影響を受けませんでしたが、万が一に備えて準備を進めています。

※コウの字は「昂」の左下が「工」

母・直美さん

「以前、マンションの避難訓練があったときに、近くの高校に避難したんですけど、スロープや車いす対応のトイレがなくて大変でした。体育館にただ避難するだけで、これだったら家にいた方がいいという感じで、もう諦めていました」

しかし、「ダイレクト避難」の説明を聞いて、コウ大さんの避難計画の作成を進めました。計画には、必要な医療的ケアの内容や、人工呼吸器のバッテリー使用時間が最大7時間であることなどが詳しく書かれています。

避難先となるのは、自宅の近くにある施設「地域交流プラザ ブレーメン習志野」です。
介護事業所もあり、福祉避難所に指定されていて、非常用の電源も備わっています。

先月31日、初めての顔合わせで施設を訪れました。
避難場所は1階の広いスペースで、車いすでも問題なく、ベッドも利用できます。

「ブレーメン
習志野」
宍倉一麻 施設長

「避難場所はパーティションで3つに区切れるようになっていますので、ほかに避難したご家族を気にしなくて済むと思います」

非常用の発電機も実際に見て確認しました。
ガソリン式とカセットボンベ式の2種類が備えられていました。
施設の責任者と直接話したことも、安心感につながりました。

母・直美さん

「医療的なケアは私ができます」

宍倉施設長

「分かりました。職員は夜間もいますので、必要があれば声をかけてください。ふだんも何かありましたらお待ちしています。お近くなので、トイレでもいつでもいらして下さい」

櫻井記者

「実際に見学してみてどうでしたか?」

コウ大さん

「丁寧に対応してくれそうだなという感じを受けました。ふだんから、安心して生活できると思います」

母・直美さん

「本当にありがたいことだと思います。ふだんから散歩にきてみようかなと思います」

櫻井記者

「受け入れる側も準備がしやすいと思いますが、どうでしょうか?」。

宍倉施設長

「お顔が拝見できると、受け入れ側としても、『コウ大さんだったらこの場所がいいかな』と考えたり、事前の準備をしたり、対応しやすくなるのかなと感じました。福祉避難所として開設したことがまだないので、具体的にイメージしやすくなりました」

対策が進まない現状も……

千葉県は台風15号の翌年の2020年度から、習志野市と香取広域(香取市・神崎町・東庄町)、成田市をモデル地区として、対策を進めてきました。
しかし、これまでにダイレクト避難の計画ができたのは9人。計画の作成を目指しているのは子どもも大人も含めて県内に少なくとも1300人あまりいて、ごく一部にとどまっています。
自治体の複数の部署や避難先、当事者との細かい調整が必要なためです。
そうした中、国は去年5月にガイドラインを改定し、福祉避難所への直接の避難を「促進する」としています。さらに、あらかじめ避難所に受け入れる対象者を特定し、本人とその家族のみが避難する制度も作られ、今後は現場レベルで具体化させることが求められています。

千葉県医療的ケア児等支援センター「ぽらりす」 
景山朋子さん

「都市部だと数も多いし、どうしても縦割り行政のところがでてくるので、とても難しいなと思います。1つ1つ市町村に働きかけていきたい。医療的ケア児たちを助けられる避難の制度は、住民誰もを助けられる支援につながると思います。多くの人に理解いただきながら一緒に進めていきたいです」

取材後記

取材では、佑奈さんが安心して眠る様子と、コウ大さんが得意の数学をすらすらと勉強する様子が印象に残りました。まず、こうした医療的ケア児1人1人を、避難に関わる人たちが直接知ることが第一歩なのだと感じました。
佑奈さんの両親は、台風15号で被災したあと、自宅にソーラーパネルと蓄電池を設置するなど、できる限りの対策を進めています。こうした当事者の自助の取り組みに加えて、さらに安心を高めるために、市町村の担当者には「ダイレクト避難」の計画づくりを進めてほしいと思います。

  • 櫻井慎太郎

    千葉放送局 記者

    櫻井慎太郎

    2015年入局。千葉県政担当を経て、8月から成田支局。現場の声を伝えられるように頑張ります。

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