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コロナ禍で守れなかった小さな命 教訓はどう生かされたか

  • 2022年08月19日

2021年8月17日。
新型コロナに感染した妊婦が、柏市の自宅で早産となり、小さな命が失われました。
入院が必要だったのに、3日かけても受け入れ先が見つからなかった末の悲劇でした。
あれから1年。
教訓はどう生かされているのでしょうか。

(千葉放送局成田支局 櫻井慎太郎)

なぜ受け入れ先が見つからなかった?

1年前のケースでは、感染した妊婦についてのリスクが十分に共有されず、入院先の調整などで必要な対応がとられていませんでした。経緯を振り返ります。

・8月11日
妊娠8か月の30代女性の感染が確認され、自宅療養に
保健所に提出された発生届に妊婦欄のチェックがなく、妊婦として把握されず
・8月14日
保健所の健康観察が行われ、妊婦として把握される
女性は「呼吸が苦しい」と訴え、血液中の酸素の値は中等症レベルだった
・8月15日
保健所が千葉県に入院調整を依頼するが、入院先が見つからず
・8月16日
再度、保健所が千葉県に入院調整を依頼するが、入院先が見つからず
・8月17日
朝の健康観察で妊婦が「腹部に張り、出血がある」と伝える
保健所や妊婦の搬送を調整するコーディネーターが入院調整を行うが、入院先が見つからず
午後5時すぎに自宅で出産、その後、赤ちゃんの死亡確認

柏市の記者会見(去年8月)

当時、千葉県では重症患者が100人を超えるなどして病床がひっ迫。保健所も健康観察に手が回らない状況でした。

保健所が妊婦と把握したタイミングが遅かった上、受け入れ先の調整もほかの感染者と一緒に行われていました。ただでさえ受け入れ先の確保が難しい中、早産の可能性もある妊婦の受け入れ先は限られていました。

また、ふだんから妊婦の緊急的な搬送を調整しているコーディネーターも受け入れ先を探しましたが、電話で1件1件問い合わせるため、情報の共有に時間がかかっていました。

そもそも、どこが主体となって調整を行うのかや、一般のコロナ病棟で受け入れるのか、産科のコロナ対応ができる病棟に受け入れるのかなど、対応の整理がされていなかったのです。

教訓踏まえた3つの対策

痛ましい出来事から1年。千葉県では教訓を踏まえて、大きく3つの対策がとられています。赤ちゃんが亡くなった直後に周産期医療の医師らがオンラインで開いた会議では、悔し涙を流す人がいたほど重く受け止められ、迅速に対策が進められてきました。

・対策①専用病床の確保
・対策②入院調整システムの導入
・対策③遠隔モニタリング機器の貸し出し

対策①専用病床の確保

感染した妊婦の専用病床(撮影:千葉大学病院)

1つめの対策は、感染した妊婦の専用病床の確保です。1年前には妊婦専用の病床というものはありませんでした。いまは県内の主要な病院で最大41床まで対応できるようになっています。

対策②入院調整システムの導入

入院調整システム

2つめの対策として、インターネットを使った妊婦専用の入院調整のシステムも2021年10月から導入されました。近隣に妊婦の受け入れ先がない場合、県内のほかの病院に受け入れが可能か一斉に照会して調整するものです。

患者の妊娠週数や早産の可能性などの情報を共有でき、各地域の拠点となる病院が受け入れの可否について、ワンクリックで回答できます。

受け入れ先が決まらない場合には、5分ごとに再通知されるため、調整の状況を各病院が漏れなく把握することができます。

8月15日までに、感染した妊婦17人がシステムを使って搬送されたということです。地域の医療機関で受け入れ切れず、緊急の対応が必要となっている人数ですから、決して少なくない数と言えるでしょう。

このシステムを利用して、8月に船橋市から千葉大学病院に搬送された妊娠9か月の妊婦に話を聞くことができました。女性は感染が確認されていましたが、およそ10分で受け入れ先が決まり、無事に出産を終えたということです。

無事に産まれた赤ちゃん(撮影:千葉大学病院)
櫻井記者

「不安があったと思いますが、どのような気持ちでしたか?」

出産した女性

「正直余裕はなかったです。ばたばたと『産みましょう』という話になったので、子どもが大丈夫かなっていうのが一番でした。ただ意外とすぐに搬送先が決まり、説明も丁寧にしていただいたので安心でした」

櫻井記者

「出産後はどういった対応になっていますか?」

出産した女性

「部屋から一歩も出られず、赤ちゃんはまだ直接会えてない状況です。看護師さんが写真を撮ってきてくれて、かわいいです。無事に生まれてきてくれて、先生方もきちんと見て下さってるのでとても安心して過ごしています」

この妊婦を受け入れた千葉大学病院周産期母性科の尾本暁子医師にも話を聞きました。
 

櫻井記者

「システムが生かされましたか?」

尾本医師

「早産だと赤ちゃんはNICU(新生児用の集中治療室)に入らないといけないので受け入れられる病院が限られます。病床に余裕はありませんでしたが、破水や炎症の疑いがあるといった情報もあり、緊急の対応が必要だと受け入れを決めました。システムは県内の医師が使い慣れてきて、うまく使われています」。

対策③遠隔モニタリング機器の貸し出し

モニタリング機器

さらに遠隔で子宮の収縮や胎児の心拍数をモニタリングできる機器も導入されました。この機器を活用して、自宅療養中の妊婦について、出産の兆候や体調の変化を確認する対応がとられています。

現在、50台が導入されていて、かかりつけの医師を通じて貸し出されています。データは地域の拠点となる病院とも共有され、感染した妊婦がその地域にどれだけいるか把握することにもつながっています。

第7波で病床はひっ迫

こうした対策が進んでいますが、それでも感染の第7波では、病床のひっ迫が目立ってきています。
妊婦専用の病床が満床になる病院が複数出ていて、出産後に赤ちゃんを隔離するための病床も数が限られています。

千葉大学病院では妊婦と赤ちゃん用の専用病床を2床ずつ確保しています。しかし、8月上旬には母親4人、赤ちゃん3人を同時に受け入れざるを得ない状況になり、臨時の専用病床を設けたということです。

尾本医師

「第6波も患者が多かったですが、今は欠勤者も多く一番きついです。ベッドがなかったら受け入れられず、お産も対応できない。このまま感染者が増えていくと、専用病床を持たない病院にも受け入れてもらわなければならなくなるかもしれない。私たちもできる限りやりますけれども、専用病床を持たない病院やクリニックにも、安全に対応できるように用意をしてくださいという話はしています」

回転率あげる苦しい対応

2床の専用病床を持つ船橋市の船橋中央病院。ここも苦しい対応を迫られています。産科の河野智考医師に話を聞きました。

櫻井記者

「どういった対応をとっていますか?」

河野智考医師

「通常、出産後の妊婦は5日程度入院するところを1日から2日で自宅療養とし、限られた病床の回転を速くしてより多くの妊婦を受け入れられるようにしています。次から次へと患者が来ていて、1週間になんとか3人から4人を受け入れています」

櫻井記者

「苦しい状況ですね」

河野智考医師

「緊急性がある患者に対応するためにも、病床に余裕を持っておく必要があります。こうした事情を出産後の母親にも話して、自宅療養をお願いしています。現場に携わる医療従事者の数や病床は大きく増えた訳ではないので、感染の拡大を受けて厳しい状況が続いています」

都市部以外でもひっ迫

ひっ迫した状況は、船橋市や千葉市のような人口の多い地域以外でも目立ってきています。成田赤十字病院新生児科部長の戸石悟司医師に話を聞きました。

この地域の医療圏では、8月13日時点で20人あまりの感染した妊婦がいて、このうち3人がいつ生まれてもおかしくない妊娠10か月目の妊婦だということでした。

一方で、感染した妊婦専用の病床は常設ではなく、毎回臨時の病床を設ける対応を迫られているほか、赤ちゃん用のベッドについては2床しかない中で、受け入れをしていかなければなりません。

櫻井記者

「第7波ではどういった状況になっていますか?」

戸石悟司医師

「今までは千葉県内だと、人口が多くてたくさん子どもが生まれている都市部が大変な状況でしたが、もう成田市や周辺の地域でも、とんでもない状況になっています」

感染した妊婦は名簿で把握できるようになっていますが、急に感染が分かったうえで緊急の出産となるケースも出てきているということです。20代の妊娠10か月の女性は、夫の感染が確認された翌日の今月11日の夜中に陣痛が来て、日付をまたいだ12日未明に本人の感染が分かりました。急きょ、成田赤十字病院に運ばれ、数時間後には緊急で出産の対応となったということです。

出産を終えたばかりの女性にもオンラインで話を聞くことができました。

櫻井記者

「無事に生まれてよかったですが、大変でしたね」

出産した女性

「感染対策には日頃から気をつけていて、まさかこんなギリギリに感染するとは思っていなかったです。予定していた産院では、夫も立ち会う予定だったので悲しいです。いまは子どもの動画を見て癒やされています」

櫻井記者

「出産した次の日から2日で退院ということですが、不安はありませんか?」

出産した女性

出産した女性
「私より大変な方がいると思うので、そうした方に病院に入ってもらいたいと思います。結構早いなと思いますが、大丈夫です」。

成田赤十字病院では、このほかに県外から妊婦を受け入れるケースもあり、ひっ迫した状況となっています。

櫻井記者

「本当に大変な状況ですね」

戸石悟司医師

「余りにも数が多くなりすぎて、緊急事態もある。やるしかないからやる、そんな状況です。ただお伝えしたいのは、『大丈夫』ということです。大事な赤ちゃんとお母さん2人の命がかかっていて、2度と柏市のような事案が起きないよう、なんとかしようという思いでいます。あとは、周囲の方がすでに努力して下さってると思うんですが、不要不急の外出とか、必要のない他人との飲み会、食事会を避けて、よりリスクを下げてほしい」

取材後記

1年前に柏市での出来事を取材して分かったのは、この事態が起きるまで私自身が、妊婦の受け入れが難しいという実態に気づいていなかったということです。取材した産科医の1人からは「感染した妊婦の搬送はその前からも綱渡りだった。命が失われる前に妊婦の対応について警鐘を鳴らしてほしかった」と投げかけられました。そうした報道がもっと早くできていれば、という思いが残りました。

それから1年。今回の取材では、現場の医師の頑張りによって支えられている部分も大きいということも感じました。もともと千葉県の周産期医療の現場は人手が不足しているため、長期的な人材育成や医師を確保する施策も欠かせません。また、なんとか乗り切っているものの、結果として母子が十分な産後のフォローを受けられないなどのしわ寄せが起きていることも忘れてはいけないと思います。

  • 櫻井慎太郎

    千葉放送局 記者

    櫻井慎太郎

    2015年入局。千葉県政担当を経て、8月から成田支局。現場の声を伝えられるように頑張ります。

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