「イチフナ」、千葉県の船橋市立船橋高校で吹奏楽に打ち込んだのち、5年前、20歳で亡くなった男性を描いた映画がいま、全国で上映中です。これにあわせて地元・船橋の市民ギャラリーでは特別展が開かれています。次々訪れる来場者は、短くも輝かしい男性の青春を紹介する写真や愛用品をじっくりと時間をかけて見たのち、「すがすがしい」、「生ききったことがわかる」という感想を口にしていました。今もなお見た人たちをひきつける男性と近しい人の思いを、聞いて回りました。
(千葉放送局記者 金子ひとみ)
5月27日に公開された映画「20歳のソウル」は、部活動が盛んで全国にもその名が知られる「イチフナ」、船橋市立船橋高校の吹奏楽部OBの実話をもとに作られました。
主人公のモデルとなった浅野大義さんを俳優の神尾楓珠さんが演じています。
1996年3月19日、船橋市で生まれた浅野大義さん。イチフナでは吹奏楽部に入り、トロンボーンを担当。優しくて人前に出ることが好きだったという大義さんですが、教師を志して音楽大学に進学した後、がんであることがわかり、1年半の闘病の末、2017年1月12日、20歳で亡くなりました。
大義さんが母校のために作曲したのが、「市船soul」という応援曲で、楽譜の原本が特別展で展示されています。高校野球の大会で演奏すると得点につながるという“神応援曲”として、今も受け継がれています。
大義さんを見守ってきたのが、今もイチフナ吹奏楽部の顧問を務める高橋健一先生(61)です。映画では、佐藤浩市さんが演じています。高橋先生は、大義さんが書いた「市船soul」の長い楽譜に、サインペンで大胆なバツ印をつけて、短くしました。
「応援曲って、長いと金管楽器のメンバーが吹きっぱなしで疲れちゃうんです。だから、『これはムリだろ』と言って直したんです。当時、大義がどんな顔してこの楽譜持ってきたかとかはよく覚えてないんですけどね。歌で、声が出やすい音階ってあるでしょ?演奏もいっしょで、それぞれの楽器が響きやすい音階をよく理解して作られている曲です」
大義さんの思い出、そして大義さんにかけたいことばを聞いてみました。
「今思えば、達観していた生徒だったなあと。悟っているというか。部員どうしで話し合いをするときに、議論中は何も言わないで聞いているんですけど、終わったあとに、『みんな、いろいろ意見が出し合えてよかったね』などと言う。『生意気なこと言うな』って思うんですけど、いやみな感じは全然しないんです、不思議な子ですよね」
「大義の手相って『ますかけ線』っていう、戦国時代の『天下取りの手相』と言われた珍しい手相なんです。それで当時はよく『俺、天下取りますんで』って言ってたんですが、今回、こんな映画と展示になったから、『おまえ、天下取ったな!』という感じです」
大義さんが亡くなるまでのおよそ1年半の間、恋人だった愛来(あいら)さん(24)は、大阪で会社員をしていますが、公開にあわせてかけつけました。映画では福本莉子さんが演じています。
大義さんと同じ船橋市の出身で、愛来さんもサクソフォンなどを演奏する音楽好きです。
「つきあっていた頃は、何気ない小さなことでも感情が大きく動く日々でした。いっしょにコンビニでアイスを買って、そのアイスのパッケージの裏側をいっしょに読んですごく喜んだり。デートでは2人そろってリコーダーで『ピタゴラスイッチ』のテーマ曲を吹いたりもしました。変わり者だったけど、すごく優しかったです」
特別展には愛来さんの撮った大義さんの写真も展示されています。
愛来さんは、いま、大義さんにどんなことを伝えたいでしょうか。
「『やったね!』って。映画も展示も、関わっている人たちがいかに本気でやっているかというその意気込みが伝わってきてうれしかったです。私がずっと見て来た大義の姿や人となりが全面に出ています。大義の人望で作られたもので、すごいなって思います。私がいま住む関西の人たちにも知ってほしいです」
今回の特別展に数多くの資料を提供した大義さんの祖父・浅野忠義さん(84)です。映画では平泉成さんが演じています。
写真愛好歴およそ40年の忠義さん、大義さんが生まれたときから、「いい被写体だなと思って」と大義さんの姿を写真に収め続けてきました。大義さんがイチフナに進んだあとも、全国各地に追いかけていったということです。
「マーチングを終えた直後の表情は忘れられないね。緊張がとけて、やりきったっていうそのときだけの表情でしょ。『みんなが待ってるから早く撮って』って言うんだけど、撮られること自体を嫌がるわけではない。そこがかわいいでしょ。亡くなる2か月前には、大義が「写真の勉強したいからいっしょに行きたい」って言って、銚子に『全日本写真連盟船橋支部』の撮影旅行に連れて行ったんだけど、道中はみんなにスマホの使い方教えてくれて、優しい孫でしたよ。写真のことは『音楽に通ずるものがある』なんて言ってましたね」
特別展で展示されている忠義さんの仲間が撮影した大義さんの告別式の写真やビデオが、来場者の心を強く揺さぶっています。
忠義さんにも、いま、思うことを聞いてみました。
「ありがたいですよ。こんなに多くの人たちに大義のことを見てもらう機会を作ってくださったスタッフの人たちに感謝の気持ちでいっぱいです」
映画「20歳のソウル」公開を記念して開かれている特別展、「20歳のソウル展~ここだけの展覧会、映画との二重奏~」は、船橋市民ギャラリーで、6月5日まで開かれています。
この特別展を中心となって企画したのは、船橋市の元副市長で、現在、船橋市文化・スポーツ公社の理事長を務める山﨑健二さんです。「映画では語られない部分、それに家族が残した貴重な写真や愛用品を紹介したいと思った」といい、半年間ほどかけて準備してきたそうです。「泣けるだけではなく、さわやかで未来につながる希望を感じることができます」と話しています。
5月28日には、現役のイチフナ吹奏楽部員による演奏会も行われました。「市船soul」をリピート再生しながら受験勉強していたというメンバーや演奏して元気になれる大好きな曲だというメンバーがいて、大義さんがイチフナ吹奏楽部の後輩たちに与えた影響の大きさを感じました。
短期間の取材でしたが、私なりに「感受性豊かで愛嬌があって周りに人が集まる子だったのではないか」という大義さん像を抱き始めました。短い人生ながらもパワフルに生きた彼について知り、勇気を得たことを感謝したいと思います。