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遺体なき殺人、遺族が苦しみ語る 異例の裁判で判決 千葉

  • 2022年03月18日

「私たちは娘の顔を見て別れを伝えることもできない」
ことし3月、千葉地方裁判所で判決が言い渡された殺人・死体遺棄事件の裁判。被害者の父親は、裁判の中で娘への思いを涙を流しながら述べた。この事件では、今も遺体が見つかっておらず、父親はいまだに娘に会うことがかなわない苦しみを語ったのだった。罪に問われたのは娘の夫で、遺体を遺棄したことは認めたものの殺人については一貫して否認。被害者が見つからない中で進められた異例の裁判はどのように判断されたのか。

女性が行方不明に 夫が殺人と死体遺棄で逮捕・起訴

令和2年3月6日。千葉県印西市に住んでいた当時32歳の女性は、成田市の職場を出た後、行方がわからなくなった。両親からの届け出を受けて警察が行方を捜したところ、職場から2キロほど離れた公園の駐車場でふだん使っている軽乗用車が見つかった。車からは女性の血痕が確認されたことから、警察は事件に巻き込まれた疑いがあるとして捜査を始めた。
捜査線上に浮上したのは、夫の小野陽被告(49歳)。警察は被告の話などをもとに数か月にわたって茨城県鉾田市の海岸を15キロ以上にわたって捜索したが、女性の発見には至らなかった。
その後の捜査で、被告の自宅から女性のかばんが見つかったことや、行方不明になった直後に被告が車で茨城県の海岸に向かっていたことなどが明らかになり、女性を殺害し、遺体を遺棄した疑いがあるとして逮捕。その後、殺人との罪で起訴された。

千葉県警の捜索の様子

遺体が見つからないまま裁判 遺族の無念

ことし1月、遺体が見つからないまま裁判が始まる。この中で、女性の父親が意見陳述を行った。証言台に立つと、被告を10秒ほどじっと見つめ、涙で声を詰まらせながら残された家族の思いを語った。

「娘と被告との間はつらいことだらけだった。別居中の被告と一緒に暮らす息子に会えないという状況で娘は苦しみ、悲しみました。息子の監護権を得て『ようやく一緒に暮らせる』と喜んでいたのに一方的に命を奪われた。被告からはこれまでに一切謝罪もなく、許すことはできない。娘を一生守ると誓ったのに守れなかった。ごめんね。妻は心が不安定になってしまい、裁判に出ることもできなかった。私たちは娘の顔を見て別れを伝えることもできない。残された家族の思いや娘の無念をもって判断してもらいたい」

意見陳述の間、被告は無表情で証言台を見ていた。

検察「殺意を持って殺害」

被告は、逮捕後の警察の調べに対して、殺人と死体遺棄について否認していた。ところが、初公判で死体遺棄については認め、殺人については「否認します。私は妻を殺していません。あれは事故死です」と主張。このため、裁判の争点は殺人に絞られた。

検察官は、殺人を立証するために3つのポイントをあげた。

①現場の状況『刃物で首を突き刺した』
現場となった車からは、女性の血痕が大量に見つかっていた。証人として出廷した法医学の専門家は血の量などから「首元などをある程度の力を持って刺したことが言える」と述べた。このことから女性とのもみ合いの中で、誤って刺さってしまったという状況は考えにくいとした。

②動機『被告には女性を殺害する動機がある一方、女性は刃物を持ち出す動機はない』
被告と女性は、息子の監護権や養育費を巡って争いになっていた。このまま息子の監護権が女性に渡れば、自分の生活が厳しくなることなどから、十分な動機があると主張した。

③計画性『計画的に殺害を意図していたと考えざるを得ない』
警察が被告の自宅の捜索を行った際、2階のクローゼットの中から血の付いた折りたたみナイフとゴム手袋が見つかった。DNA鑑定の結果、血は女性のものであることがわかり、事件当日の現場にこれらのものが準備された可能性が高いとして犯行の計画性を指摘した。

女性の車が見つかった成田市の駐車場

弁護士「事故死」

弁護側の主張はあくまで事故死。監護権を女性が持つことになり、被告はもう一度、直接会って話し合いたいと考えた。そして当日、車内で2人きりとなった時、女性がカバンの中からカッターナイフを取り出してきたという。慌ててカッターナイフを取り上げようとしてもみ合いになり、そのまま女性の首元に刺さったと主張した。

計画性についても反論。自宅で発見された折りたたナイフについては、殺害に使用したものであれば、出血量からみると付いている血の量が少ないとした上で、以前女性が手を切ったものだとした。また、ゴム手袋は新型コロナウイルスの感染予防のためだったとした。

小野陽被告の送検

自供を示す証拠が出される

審理が進む中、検察官は1つの証拠を提示した。被告が警察の捜査段階で女性の殺害を認める内容を自ら書いたメモだった。

「妻に会うために職場近くの駐車場に車を止めて待っていた。車内で子どもの監護権や養育費、婚姻費について話し合った。和解に向かったが、半信半疑だった。このままわかれると警察に通報されると思い、妻の首元を包丁で刺した」。

これに対して弁護側は、証拠とはなり得ないと主張。その理由として任意での取り調べにもかかわらず、拘束時間が長く実質的には逮捕であったこと。さらに長時間に及ぶ取り調べに、意識がもうろうとする中で警察官に言われるまま書いたとして証拠としては信ぴょう性に疑いがあると訴えた。

記者の取材ノート

主張が対立する中、結審

検察は「被告は子どもの養育を巡り女性と争っていて、女性の行方がわからなくなれば、有利になると考えた。密室の車で殺害した上、遺体を茨城県の海岸に遺棄するなど犯行は悪質で凄惨だ」として懲役25年を求刑した。

弁護士は「被告はあくまで話し合いを求めていて殺害する動機がない。女性が死亡したのはもみ合いの末、ナイフが誤って刺さった事故だった。被告が殺害したという証拠はない」として改めて殺人の罪について無罪を主張した。

そして、判決は

「被告を懲役21年に処する」

裁判長は、被告が女性を殺害し、遺体を遺棄したと判決を言い渡した。それぞれの主張をどのように判断したのか。

①現場の状況『刃物で首を突き刺した』
②動機『被告には女性を殺害する動機がある一方、女性は刃物を持ち出す動機はない』

これらについては、検察官の主張を認めた。

③計画性『計画的に殺害を意図していたと考えざるを得ない』

被告は、自宅から発見された血のついたゴム手袋についてコロナ感染対策と主張していたが信用できない。血痕のついた折りたたみナイフは、これが凶器だと断定はできないが、女性が刃物を持っていたとは考えがたく、被告が準備した可能性が極めて高いとした。

さらに、女性がけがをしても救急連絡もせず、死亡したあとには遺体を遺棄していることなどから、女性が死亡することをあらかじめ想定していたような行動を取っていると指摘。こうしたことから、殺害を意図して刃物を準備した上で女性と接触し、殺意をもって刃物で殺害した可能性が相当高いとした。

また、殺害を認めたメモについても弁護士は証拠になり得ないと主張していたが、内容が非常に具体的であることなどから信ぴょう性は高いとし、メモと異なる被告の供述は信用できないと判断した。

「長男を残してこの世をさらねばならなかった無念は察するにあまりある。被告は、女性を殺害後、死体を遺棄しているが、遺体は現在も発見されていない。遺族は、現在も女性を手厚く葬ることもかなわない状況にある。父親は悲嘆と苦悩の気持ちを明らかにするとともに、厳罰を望んでいる」

その後、被告は判決を不服として、控訴した。

取材後記

記者になって5年目となる今年。去年11月に千葉局に赴任して、今回初めて裁判員裁判を取材した。遺体が見つからない中、始まった不可思議な事件だった。いかに殺人を立証するのか。そうした検察側と弁護側の攻防を取材することができたが、それよりも印象に残ったことがある。父親の意見陳述の言葉だ。「私たちは理奈の顔を見て別れを伝えることもできない」。残された遺族が別れを伝えられない気持ちがどれだけ苦しいことか想像しがたい。遺族の苦痛や悲しみは、事件の詳細を伝える以上に大切だと感じた。

  • 武田智成

    千葉放送局 記者

    武田智成

    2018年入局。日々、事件や事故、裁判などを取材。去年11月に松山局から異動。生まれも育ちも関西のため、関東に住むのは初めて。

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