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芥川龍之介「蜘蛛の糸」の味は極楽?地獄? 食べる!鎌倉文学

  • 2022年01月26日

明治、大正、昭和と多くの文人たちに愛され、創造の源泉に、あるいは小説の舞台ともなってきた古都・鎌倉。そんな鎌倉ゆかりの作品の世界を料理で描き出し、文学の魅力に新たな光を当てようという企画が「食べる!鎌倉文学」です。鎌倉在住の料理家3人に芥川龍之介、夏目漱石、泉鏡花の作品をそれぞれ読んでいただき、自由な発想で料理してもらいます。第1回は、芥川龍之介が鎌倉に住んでいた時につづった短編「蜘蛛(くも)の糸」です。

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助かった!と思った瞬間、地獄に逆戻り「蜘蛛の糸」

「蜘蛛の糸」は大正7年(1928年)に子ども向け雑誌「赤い鳥」に発表された文字数3000字足らずの小品です。小学校の教科書で読んだという人も多いのではないでしょうか。そのあらすじはこうです。

ある日、お釈迦様が極楽のハスの池から地獄の底をのぞいていると、カンダタという男が他の者たちと血の池の中でうごめいていました。このカンダタ、放火に殺人と悪事の限りを尽くした大泥棒ですが、生前一つだけよいことをしていました。それは道をはう蜘蛛を踏みつぶさずに生かしたことでした。

カンダタの善行に報いてやろうと考えたお釈迦様は、極楽にいる蜘蛛が紡いだ細い糸を血の池に垂らします。“地獄に仏”とはまさにこのこと。カンダタは夢中になって糸を登ります。一息つこうと足元を振り返ると、自分に続いて糸を登るおびただしい数の罪人の姿がありました。この細い蜘蛛の糸が、この人数の重みに耐えられると思えません。

「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はオレのものだぞ。お前たちは一体誰に聞いて、のぼって来た。下りろ、下りろ。」

そう叫んだ瞬間、蜘蛛の糸はぷつりと切れ、カンダタは再び血の池へと落ちていったのです。

「蜘蛛の糸」に挑むのは“世界の家庭料理”を知る男

黒沢邦彦さん

「文学を料理にするなんてむちゃな企画だなと思いましたけど、だからこそおもしろいですよね」

そう話すのは、今回創作料理の制作を依頼した黒沢邦彦さんです。鎌倉駅から徒歩5分ほどの場所で、世界の家庭料理が味わえるカフェを営んでいます。名刺代わりに、と作ってくれたのはアフリカ大陸の東に浮かぶ島国・マダガスカルのロマザバという料理。牛肉とほうれん草、トマトを煮て作ります。青とうがらしとこしょうの辛みが食欲をそそります。

マダガスカルの家庭料理  ロマサバ

栄養とカロリーのバランスに優れ、家族のために愛情を込めて作られる家庭料理に魅力を感じて、世界各国のレシピを学んできました。レパートリーはじつに1000種類以上。この引き出しの多さで「蜘蛛の糸」に挑みます。

黒沢さん
「極楽に行けるかなと思ったら行けなかった。地獄へ逆戻りだった。だから見た目でおいしそうに見える料理がすごく辛かったりとか、ひとひねりを加えたいな、という感じでしょうか」

黒沢さん、いったいどんな料理を考えてくれるでしょうか。

芥川の創作を助けた“力餅”

妻・文と芥川との婚礼写真

芥川龍之介が鎌倉に移り住んだのは大正5年(1916年)のこと。「蜘蛛の糸」を発表した大正7年には、妻・文と結婚。その住まいは、由比若宮(元八幡)のすぐそばにあったといいます。

権五郎の力餅

芥川が鎌倉で愛したものの一つが力餅。平安時代の戦乱「後三年の役」で武勇をとどろかせた若武者・鎌倉権五郎景政は大変な力持ちで、100キロを超える石を軽々持ち上げたそうです。この景政にちなんで作られたことから「権五郎の力餅」と呼ばれています。

芥川は、友人の久米正雄宛のはがきの中で、こう記しています。

“いま力餅をくひながら小説を書いている。鎌倉権五郎のエネルギイを借りてやろうと思ってね”

権五郎のエピソードから生まれた力餅、でもまさか、自分の作品をもとにした料理が生まれようとは、芥川も思わなかったのではないでしょうか。

見た目を裏切る“優しい”地獄

黒沢シェフと友人の井上朋子さん

打ち合わせからおよそ2週間、試行錯誤を重ねた黒沢さんの「蜘蛛の糸」料理が完成しました。味わってもらおうと黒沢さんが招いたのは友人の井上朋子さん。鎌倉市内でベリーダンスの教室を開いています。

黒沢さんがテーブルに運んだのはなんと2皿。カンダタのいる地獄の世界を赤い料理、お釈迦様のいる極楽の世界を白い料理で表現します。

黒沢さん
「地獄と極楽のせめぎ合い。地獄から極楽に光を見出した時の希望と、落とされた時の絶望のせめぎ合いですね」

黒沢邦彦作「蜘蛛の糸 地獄編」

井上さんがまず手を伸ばしたのは赤い皿。レシピを考え始める前、「おいしそうだけど辛かったり、ひとひねり加えたい」と話していた黒沢さん。舌を突く辛みを想像しながら口に入れると・・・ ん?甘い

このソース、じつは火であぶって甘みを引き出した赤いパプリカの皮をむいてミキサーにかけたものなんです。

小説に登場する、血の池のような「赤いソース」。辛そうに見えて実は甘い、見た目と味のギャップこそが黒澤さんのねらいでした。イタリアの郷土料理をヒントにしたそうです。

このソースで柔らかく煮込んだのは仔羊と豚の肉団子。仔羊はちょっと苦手という井上さんですが、このソースにからめて食べるとまったくクセがなく味わえると言います。

井上さん
「甘くておいしい。わたしにとっては苦手なラムがおいしく食べられるこっちの料理の方が天国かも」

まさに、地獄で見出した希望の味です。

味覚のジェットコースター!?極楽の一皿

黒沢邦彦作「蜘蛛の糸 極楽編」

地獄の一皿に、おいしく期待を裏切られた井上さん。続いて、極楽の料理を口に運ぶや否や、目を白黒させ始めました。

井上さん
「最初甘くて、そのあと酸っぱくて、そのあと辛くなった!(笑)」

極楽を目前にして地獄に転落していったカンダタの心の動きが、舌の上で再現されたようです。

この感想に、黒沢さん、思わず「してやったり」の表情を浮かべました。一口の中で目まぐるしく味が変化するこの鶏肉のクリーム煮、じつは生クリームに砂糖菓子、ヨーグルト、青とうがらし、そしてホワイトチョコレートを加えて作っているんです。モレと呼ばれるメキシコ料理のソースの中には、チョコレートととうがらしを一緒に使ったレシピがあるんだそうです。

井上さん
「両方食べてみて、天国と地獄は表裏一体だと思った」

黒沢さん
「それが表現できたならよかった。(井上さんは)おいしいのか、まずいのか。甘いのか、辛いのかを食べながら行き来していたみたいなので、成功としておきましょう」

世界の家庭料理をアレンジして「蜘蛛の糸」を見事、皿の上に描き切った黒沢さん。みなさんも、未知の国の料理と出会う“味覚の冒険”に繰り出してみませんか。

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