東京駅から快速電車でおよそ25分。都心のベッドタウンとして知られる千葉県の船橋市ですが、じつは、淡白な白身魚として知られるスズキの水揚げで日本一を誇る船橋漁港があるなど、海の恵みが豊かな町でもあります。江戸川の河口に広がる浅瀬は、東京湾では珍しい干潟となっており、三番瀬(さんばんぜ)と呼ばれています。シーズンには潮干狩りでにぎわう三番瀬には、貝類以外にもたくさんの生き物が生息しています。この干潟の小さな生き物たち、東京湾の環境保全にも少なからぬ役割を果たしているんです。
千葉県の船橋市から市川市にかけての沿岸に広がる三番瀬は東西、南北ともおよそ4キロにわたって広がる海域です。そのほとんどは、水深1メートルよりも浅い海で、大潮の干潮時には成田空港の1.3倍ほどの広大な干潟が出現します。
昭和30年代には三番瀬の埋め立てが計画され昭和50年代になって一部実施されたものの、開発より自然との共生を求める世論の高まりにより、平成13年(2001年)に計画は中止されます。翌年、千葉県は地元住民や漁業者、環境保全団体などが参加する「三番瀬再生計画検討会議」を設置、いまに至る再生・保全の流れが生まれました。
今回我々が三番瀬の案内をお願いしたのは地元の市民団体「三番瀬フォーラム」の安達宏之さんです。埋め立て計画の中止前から三番瀬の保護活動を続けてきました。
三番瀬の自然の豊かさがよくわかる場所があると、船に乗り込んで沖に出ることおよそ10分。引き潮のときだけ現れるという島が見えてきました。白くなだらかに広がる陸地、ところどころ光って見えるところもあります。
安達さん立ち合いのもと、特別に島に上がらせてもらいました。靴底がとらえた感触はただの砂浜とは違っています。視線を上げると、見渡す限りに貝殻の地面が広がっています。じつはこの島、三番瀬にかつて生きていた貝の殻だけで出来ているんだそうです。
この貝殻島ができたのはいまから50年ほど前のこと。埋め立て工事などで東京湾内の潮の流れが変わり、どんどん貝殻が集まるようになったと言います。
安達さん
「大事なのは、この貝殻がどこかから誰かが運んできたものではなく、この海にあったものが自然に集まってきたということ。それだけこの三番瀬の海に生き物がいた、あるいはいまもいるという証だと思います。」
貝類やエビ・カニなどの甲殻類など、多様な生物が息づく三番瀬。
その数は800種類以上にも及ぶと言います。
貝殻島を取り巻く海の水を見るととても澄んでいます。じつは、このきれいな海水には干潟の生き物たちの存在が欠かせないと言います。安達さんが、アラムシロという小さな貝が果たす役割を教えてくれました。
安達さん
「このアラムシロという貝は、死んでしまった貝とかほかの生き物を食べてくれるんです。貝とかが死んでそのままにしておくとどんどん水が腐っていく。この貝は“干潟の掃除屋さん”って呼ばれるくらい、干潟にとっては大切な貝なんです。」
アラムシロが掃除屋さんなら、体長1センチほどのコメツキガニはいわば“生きた浄水器”です。
安達さん
「コメツキガニは砂を口の中に入れて、その中の栄養分(プランクトンや水中の有機物)を食べてくれるんです。その栄養分という海水中の汚れなのでそれを取り除いてくれる。結果的にコメツキガニが吐き出す砂団子は、すごくきれいな砂って事なんです。」
三番瀬に水質悪化を抑えるこうした生き物たちがたくさんいるのは、潮の満ち引きが繰り返されるたび、海中に新鮮な空気が取り込まれるのも理由の一つだといいます。自然の力は本当にすごいと思いました。
こうして豊かな生態系が形作られている三番瀬ですが、安達さんによるとそれでも少しずつ生き物の数が減ってきているんだそうです。とりわけアサリの減少は深刻で、10年ほど前までは出荷できる量が取れていましたが、それ以降は漁獲量0という年もあったほどです。
アサリが取れなくなった原因の一つに、強い波にさらわれてアサリが干潟に定着せず、流されてしまうということがありました。そこで地元の漁協では、2017年度から波で流されにくい2.5~5ミリ程度の小石を海底に撒き、アサリが留まりやすい環境づくりを始めました。他にも、アサリを食べる貝の駆除なども続けた結果、取り組みを始めてから4年目に天然のアサリが再び獲れるようになりました。
このエピソードを知って、三番瀬の再生は自然に任せておけばよいのではなく、自然の持つ力が発揮されるよう人間が手を添えることが大事なのではないかと思いました。そうした取り組みを続ける漁協や安達さん達の活動を今後も見守りたいと思います。
【貝殻島を取材してくれた人】
<市川うららFM>
千葉県市川市と浦安市を中心に松戸市や鎌ヶ谷市などの周辺地域をエリアとするラジオ局。インターネットでのオンデマンド配信も行っている。