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《“ぼくのえほん”が残したもの》


2020年2月21日「たっぷり静岡」放送

インパクトのある擬音語とともに恐竜や色鮮やかなキャラクターが丁寧に色づけされた絵本。京都アニメーションの放火事件で亡くなった大村勇貴さんの作品です。去年4月に入社したばかりだった大村さんは生前、“絵や表現を通して人を元気にしたい”と話していました。
その思いを伝えようと家族が絵本展を開きました。
大村さんの作品を通して、その思いをたどります。
(大阪局・北森ひかり記者)



【“みんな、楽しいことしようよ!”】
「ドシン」「おぎゃああ」。 絵本展の会場に入ると真っ先に目に入るのが、擬音語を並べた立体的なモニュメント。見る人がわくわくするような作りになっています。

23歳で亡くなった大村勇貴さん。家族には“もっと勇貴くんの作品を見てみたい”と多くの声が寄せられたといいます。そこで、家族は大村さんの学生時代の恩師や友人たちと協力し、絵本展を企画しました。

静岡県菊川市出身の大村さんは絵や表現を学ぶため、地元の常葉大学造形学部に進学。絵本展は大村さんが生まれ育った菊川市で今年2月に開かれ、学生時代に制作した絵本の原画や卒業制作展で出展したモニュメントなどが展示されました。

会場の入り口に飾られたパネルには、大村さんの母親が、大村さんならこう考えるだろうと想像し、ことばをつづりました。

「ぼくの絵に会いにきてくれたみなさん、本当にありがとうございます。
ぼくは今とてもうれしいです。
見てるみなさんが楽しくなれるように、絵を描きたいと思って描いていました。
今も『みんな、楽しいことしようよ!』まだ思っています。
もちろん、ぼくも楽しんでいます。
ほら!昼間は雲、夜は星、空を見上げて・・・また会えるよ」

【どっくんどっくん】
代表作は、生物の38億年の歴史を表現した絵本。何もなかった海からだんだんと生物が生まれ進化していく様子が、28ページにわたって鮮やかな色使いで描かれています。

この作品を通して大村さんが伝えたかったのは、生物の歴史を身近に感じてもらうこと。 作品はすべて1枚の紙で絵巻のようにつながっていて、生物の歴史が38億年前から現在までつながっていることを伝えようとしたと言います。
子どもたちにも親しんでもらうため、漢字やストーリーは一切書かず、動物の泣き声や大地の音を擬音や擬態語で表現しています。

【絵への情熱 手描きへのこだわり】
会場を訪れた澤木海凪さん(20)。大村さんと同じ大学の同じ学部で学ぶ後輩です。
“また先輩の作品を一目見たい”と友人たちと一緒に、初日に会場を訪れました。

澤木さんは大村さんにパソコンの使い方などのささいなことから、作品との向き合い方、多くのことを教えてもらったといいます。そんな澤木さんが尊敬していたのは大村さんの絵に対する情熱。
「本当に絵に対する情熱がすごい。ひとつのことにこだわり抜いて描く人なので、見ていて『すごいな』って自分じゃできないことだから。尊敬できる先輩だなって思っていました。デジタルを使う人が多い中、手描きにこだわっていたところもすごい」

絵の具や絵筆を使った“手描きへのこだわり”は、会場に並べられた絵本の原画や、何度も色を重ねたパレットからも感じられました。大村さんの恩師や、ともに学んだ友人や後輩たちも、「この青がうまくいかない」と納得のいく美しい色を出せるまで、何度も絵の具を重ねる大村さんの姿を覚えていると話していました。

将来、絵の世界に進むことを考えている澤木さんは、そのこだわりを受け継いでいきたいと考えています。

「発想から手書きのこだわりにしても、今はデジタル社会だけど、デジタルじゃできないことも全部がこだわり抜いて一枚一枚丁寧に描いているので、それはもうすごい。自分も大村さんの姿勢をまねていきたい」

【思いは子どもたちへ】
「きょうはうーちゃんのだいすきなおばあちゃんのいえにあそびにきています。
おや、だれかが、うーちゃんのことをのぞいていますよ」

絵本展では子どもたちに絵本の読み聞かせも行われました。近くの幼稚園に通う子どもたちが楽しそうに聞き入っていました。

大村さんが大学3年生のときに作った絵本「うーちゃんのまつざき」。
主人公の小さな男の子うーちゃんが動物や不思議な生き物と交流する物語です。

お母さんと出かけたうーちゃんは、かかしや動物などと遊ぶうちに楽しくなってお母さんとはぐれてしまいます。すると、地域のことをよく知る不思議な竜が、うーちゃんをお母さんや家族のもとに送り届けてくれます。

モデルとなったのは、静岡県松崎町の「なまこ壁」などの観光名所や町並み。大学の地域交流事業で松崎町を数回訪れ、大村さんがオリジナルのストーリーを考えました。 地域を盛り上げようという、大村さんの地元や子どもたちへの思いが詰まった物語です。

実はこの絵本展に子どもたちを連れてきたのは大村さんの高校時代の友人の母親で、幼稚園教諭の小粥幸子さん(49)でした。

「長男が勇貴くんと親しくさせてもらった。昔から優しくておおらかな子だと感じていたが、作品を見てもやっぱりそう思う。こうやって作品を見せることで、勇貴くんの思いが子どもたちに伝わっていくと思う」

読み聞かせが終わったあと、子どもたちは「竜が出てくるのがおもしろかった」「絵がかわいくてね、たのしかった」と口々に感想を話してくれました。

“絵や表現を通して人を元気にしたい”大村さんの思いは絵本を通して子どもたちへ受け継がれていきます。

【絵本展の最後に家族は】
絵本展には来場者が途絶えることがないほど、多くの人が訪れました。最終日には大村さんの家族が初めてコメントを出しました。

「本日は大村勇貴絵本展にお越し頂き誠に有難うございます。
始めに、7月18日 京都アニメーション放火殺人事件以降、京都府警様、静岡県警様、京都アニメーション様の皆様も同じ被害者である中、心よりのサポートに感謝申し上げます。
また、消火活動に携わって頂いた多くの消防隊員の皆様、救護活動をして下さった医療関係の皆様の活動に敬意を表すと供に、心労の回復を心から願っております。
そして、多くの皆様より弔意と激励の言葉を頂き心より御礼申し上げます。
また、被害者すべての家族の皆様が今も尚、深い悲しみの中、前に向かって一歩踏み出そうと戦っていますので心ある対応の程お願い申し上げます。
大村勇貴は、23歳という若さでこの世を去りましたが、
常葉大造形学部で残した絵本を生きた証として多くの皆様に御覧いただき大村勇貴という人間、人柄、感性を感じて頂き、皆様の胸の内に留めて頂くようにすることがせめてもの親の務めとして作品展を開催させて頂きました。
開催に当たり関係者並びに常葉大学の多くの皆様のご支援、ご協力に深く感謝致します。
大村勇貴が、良い人と出会い、良い友達と出会い、充実した良い人生だったと思える事が私たち家族のせめてもの救いです。
また、大村勇貴が約3か月という短い期間ではありますが世界中に愛される作品を作る仕事に携わっていたということは私たち家族の誇りとして歩んで行きたいと思います。
そして、ファンの方々と同様に京都アニメーション様の再建を心より願っています。 本日は、有難うございました」
2020年2月21日 家族一同


北森ひかり記者
▼大阪局記者
北森ひかり
平成27年入局
令和2年9月まで静岡局で
事件の被害者や医療・福祉を取材。
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