知るを楽しむ NHK 2009年2月
NHK知るを楽しむ
教育テレビ 月〜木曜日 午後10:25〜10:50 (本放送) ※再放送を含めた詳しい放送スケジュールは各曜日の詳細ページをご覧ください。
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水曜日 人生の歩き方
2月 井村 雅代 私はあきらめへん
人生の歩き方 井村 雅代

1950年大阪市生まれ。シンクロナイズドスイミング・コーチ
天理大学卒。中学1年からシンクロを始め、68年と73年に日本選手権でチーム優勝。その後コーチとなり、78年から日本代表を指導。84年にオリンピック正式種目になってから6大会連続で日本にメダルをもたらした。85年に井村シンクロクラブを設立。余韻の残る演技を追求し、「夜叉」「空手」などジャパネスクでユニークな作品を世界に向けて提案。98年、世界のコーチが選ぶベストルーティン賞受賞。2008年の北京オリンピックでは中国代表チームを指導し、初の銅メダルをもたらした。

講座内容 本放送 再放送
第1回 中国でも叱(しか)ってきた 2月4日
午後10:25〜10:50
2月11日
午前5:05〜5:30
第2回

心で向き合え

2月11日
午後10:25〜10:50
2月18日
午前5:05〜5:30
第3回 逆境に打ち勝つ 2月18日
午後10:25〜10:50
2月25日
午前5:05〜5:30
第4回 ホンキだから叱る 2月25日
午後10:25〜10:50
3月4日
午前5:05〜5:30
第1回 中国でも叱(しか)ってきた

中国代表チームのヘッドコーチに就任。中国の習慣に合わせることなく、 “日本流の姿勢”を貫いた。中国では親しい仲間ほど「ありがとう」を言わない。水臭いという考え方が浸透しているからだ。また、先生の言う事に意見を述べるのは反抗しているととられる。そんな中国の選手たちに「どうしてありがとうって、にっこり出来ないの」「納得できないならちゃんと説明しなさい」と指導。見る見るうちに中国チームの雰囲気が変わっていった。中国チームが銅メダルに輝いた裏には、単に技術を教えるだけでない、“人を作る”指導力があった。

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第2回 心で向き合え

シンクロを始めたのは中学1年生のとき。勧めたのは母。元々運動神経に自信がなく、コンプレックスの固まりだった井村さんは、周りの選手のうまさに圧倒される。しかし、「続ければなんとかなる」と決して練習をやめなかった。大学1年のとき、日本選手権でチーム優勝。ところが先輩がやめた途端、弱いチームになってしまった。自分の代で敗れた惨めさが気持ちに火を付けた。今度は、井村さん自身が新人選手と真剣に向き合い、技術を教えながら、日本選手権で再び頂点に立つことを目指した。

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第3回 逆境に打ち勝つ

大学卒業後、「試合の直前だけでいいから見てくれないか」と浜寺水練学校に頼まれたのを受けたことが井村さんのコーチ人生の幕開けとなった。当時、中学教師だった井村さんは、学校が終わると水練学校に行き、指導した。しかし、すぐに試練に直面。初めて教えた選手の力量が高く、選手のミスを見破れないのだ。手の角度か、カウントの取り方か、軌跡か、深さか。井村さんは「シンクロナイゼーション(合う)」とは何なのか、徹底的に考え抜いてミスを見破る。指導したペアは世界選手権で2位に。そして井村さんは日本代表のコーチに迎えられ、名コーチになっていく。

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第4回 ホンキだから叱る

中国のヘッドコーチを退いた後も、大阪の「井村シンクロクラブ」で指導を続けている。“鬼コーチ”の異名にふさわしく、プールサイドでは選手を叱る声が飛ぶ。しかし、それらは選手一人一人の性格を見極め、どうしたら才能を伸ばすことができるか考え抜いた言葉だ。さらに絶対に怒りっぱなしにしない。選手とのコミュニケーションをきちんととる。叱るのが苦手な親や教師が増えている中、多くの一流選手を育ててきた井村さんに「叱る」ことをポイントに聞いていく。

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