車使った津波避難は有効か 新想定に揺れる宮城の沿岸自治体
まもなく津波が来ると知った時、あなたはどうやって逃げますか?
歩いて(または走って)?それとも、自転車?車?
もちろん、昼か夜か、自宅か外出先か、避難所はどこにあるのかなど、状況によって避難手段も変わってくると思います。ただ1時間以内に津波が来ると告げられ、自宅から5キロ離れた避難所に避難するとなったときにはどうしますか・・・?
こうした問いに今まさに揺れている自治体が宮城県東松島市です。
新たな津波の浸水想定で大幅に広がった浸水範囲に対応するため、これまで「徒歩」としていた住民避難の原則を見直し、一部の地域で“車での避難”を認めたのです。
どうして認めることになったのか、その背景と課題を取材しました。
(仙台放送局記者 藤家亜里紗)
【どうして車での避難をすることに?】
4月、宮城県東松島市で開かれた防災訓練の住民説明会。自治会長など約30人が参加し、ことしから始める車を使った避難について市の担当者から説明を受けました。
宮城県が去年発表した新たな津波浸水想定では、東日本大震災と同じ東北地方太平洋沖と日本海溝、千島海溝で起きる3つのモデルの巨大地震について津波浸水のシミュレーションを行いました。それぞれの場所での想定の中で最も規模が大きいものを選んだ結果、東日本大震災の約1.2倍にあたる約391平方キロメートルが浸水するとされたのです。
この想定で東松島市は市の面積のおよそ半分が浸水することに。これまでの避難所の中には新たな浸水範囲に含まれたため、地域住民全員が避難するにはスペースが足りないところも出てきました。
そこで市は特定の地区の住民には今より遠い別の場所に避難してもらうことにし、その代わり、車を使うことを認めたのです。
東松島市防災課 奥田和朗課長
「人命を守るためにやむなくというところです。市民一人ひとりが避難方法や避難場所を
理解できるような形で説明を行いたい」
【「車で逃げて」と言われても…】
一方、市の方針に住民からは戸惑いの意見が相次ぎました。
「避難する時にどこの道を通るのかっていうところも考えていただきたい」
「車が殺到して、渋滞が発生した時にはどうなるんですか」
車での避難を行うことになった地区の自治会長、千葉純さん(73)です。
自宅は海から約2キロの場所にあります。新たな想定では地震発生から55分後に第一波が到達し、最大でおよそ3メートル浸水するとされました。
今回の見直しでは、自宅から直線で4.5キロ離れた市の施設に避難することになりました。距離はこれまでの倍以上。ルールでは車を使った避難はあらかじめ決まった地区の住民だけが認められていますが、大津波が来た時にはそうでない人も車を使い、渋滞になるのではないかと不安に感じています。
自治会長 千葉純さん
「いざとなった時に『市から言われているからじゃあ徒歩で』とならない人もいるのではないか。避難所まで遠いのでありがたいですが、喜んでいいかどうか複雑です」
新たな避難所までは実際どんな道で、どのくらい時間がかかるのか。妻と一緒に車を使って確認しました。
「ここ混みやすいよね」「そうだね」
夫婦でよく渋滞する場所を確かめ、出発から10分余りで避難所に到着しました。
自治会長 千葉純さん
「実際に車で移動してみるとやはり遠い。有事の際には車の往来も激しいでしょうし、そうした中ここまでたどり着けるのは容易じゃないなと思います」
【専門家“車が効果的か試算を”】
災害時の避難行動に詳しい専門家は、自治体は車を使った避難が本当に必要かどうかあらゆるケースを試算した上で、住民が安全に避難できる方法を考えるべきだと指摘しています。
東北大学災害科学国際研究所 佐藤翔輔 准教授
「災害は昼や夜を選ばずに起きるので、さまざまな条件のもと避難を始めた時に、深刻な渋滞になるかどうかを事前に試算した上で、車を使うことが効果的かどうか考えなければいけない。自治体にはなるべく渋滞が発生しないよう、多くの人が安全に避難できる地域づくりをしてほしい」
【車での避難のメリット・デメリット 一人ひとりが考える】
NHKが沿岸15の市と町に車の避難について取材したところ、車を使った避難を「認めている・認める方針」は、東松島市のほか、岩沼市、亘理町、そして山元町の4つ。いずれも渋滞が課題と感じていて、今ある道路の幅を広くするなどの対策を検討しているところもありました。一方、車での避難を「認めない」としたのは仙台市や石巻市、名取市など11の自治体でした。
一方、車避難が認められていない自治体でも、ここ数年の地震で津波注意報が発令された時には車で逃げる人が少なくなく、各地で渋滞が発生しています。車を使った避難は徒歩に比べて速く、遠くに逃げられると感じてしまう一方で、一度渋滞に巻き込まれれば逃げ遅れのリスクが大きくなります。
また、要支援者など車を使わなければ避難できない人もいることも忘れてはいけません。
大津波の際、より多くの命を救うために私たちはどう行動すればいいのか。車を使った避難をきっかけに、一人ひとりが改めて考える必要があると感じました。
仙台放送局記者
藤家亜里紗
2021年から石巻支局
震災・防災を中心に
地域の話題を取材