スポーツの力で地域のつながりを

「もっと先の町のことを考えなさい」

震災当時、南三陸町の高校2年生だった男性は、祖父の助言を胸に刻み、この12年を歩んできました。
男性が力を注ぐのは、スポーツを通じて人と人をつなぐこと。
ふるさとの未来を支えようと奮闘しています。

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佐藤慶治さん

(仙台放送局/黒住駿アナウンサー)


 

<高校時代に被災>

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オンラインで被災経験を高校生に伝える佐藤慶治さん

南三陸町出身の佐藤慶治さん(29)は12年前の3月11日、高校の課外合宿中に東日本大震災を経験しました。
高台の施設にいたため自身は無事でしたが、自宅はすべて流されました。
家族の安否が確認できたのは4日後。
その後は内陸にある親戚の家を間借りして生活しました。

佐藤さん
「本当に悲しいとは思っているんだけど、なんか涙も出ないし、
声も出せないくらいにあっけにとられた感じになってしまった。
がれきすら残っていない何もない自宅の跡地を見た時、
自分の当たり前だと思っていたものが目の前から消えてしまったことで、何も気持ちが追いつかなかった」

大学を卒業した6年前に地元にUターンし、震災の経験や教訓を中学生や高校生などに伝える活動を続けています。

 

<スポーツでつながりを>

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スポーツサークルを運営する佐藤慶治さん

佐藤さんは、別の形でも南三陸町に深く根づいています。
住民の交流を図ろうと6年前からスポーツサークルを運営しています。
3月上旬に実施したバドミントンでは、町民を中心に高校生から40代までの12人が集まり、初心者がいる中でもハイタッチや笑顔が飛び交っていました。
サークルで扱うスポーツには、運動が苦手な人でも参加しやすいものを選び、週2回ほど活動しています。

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アルティメットの大会を東北で初めて開催

2017年には南三陸が誇る海の美しさを多くの人に知ってもらいたいと、砂浜で行うアルティメット(フライングディスクを使ったスポーツ)の全国規模の大会も友人と協力して東北で初めて開催しました。
スポーツを通じて町の内外の人たちを巻き込んでいる佐藤さん。
住宅の再建や防潮堤といったハード面の整備がほぼ完了したふるさとに、町の活気や人と人のつながりを取り戻したいという思いがモチベーションになっています。

 

<祖父の助言を胸に>

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本人提供:祖父との写真 ※左側が幼少期の佐藤慶治さん

佐藤さんの活動の原点には、祖父の助言があります。
震災からまもない頃、佐藤さんは甚大な被害を受けた町の復興にすぐにでも貢献したいと、高校卒業後は祖父や父親と同じ大工の道に進もうと考えていました。
避難所で生活を送る中で高校3年生となった佐藤さんは、卒業後の進路を祖父に相談したところ、意外な言葉が返ってきます。

祖父・良治さん
「復旧・復興には、その土地を作って、家を建てて、道路を引いて、お店を作る過程でまず10年かかる。
でも、その後の10年の方がもっと大事で、新しくつくった場所をいい町にするための時間になる。
まずは、自分がどう町に関わりたいのかというところを明確にするために、町を離れることも1つだよ。
町の復興は俺たちが担うから、もっとその先の町のことを考えて、視野を広げるために外に出て学んできなさい」

祖父の助言を受け、佐藤さんは大工の道をやめ、東北福祉大学に進学しました。
大学では社会学を専攻し、ここで初めてスポーツによる地域のコミュニティ醸成という考え方に出会います。
人と人のつながりをスポーツによって形成できたら、南三陸町の復興にも役立てるのではないか。
こう感じた佐藤さんは、国民の多くが日常的にスポーツを行うフィンランドに1年間、留学することを決意しました。

 

<スポーツが生活の一部>

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フィンランド留学中の佐藤慶治さん(中央上の紫のTシャツ)

フィンランドは、プロスポーツが少ない一方で、仲間づくりや健康増進のために市民レベルのスポーツが盛んに行われていました。
留学先で佐藤さんは、青少年のスポーツ活動のインターンに参加したり、スポーツジムやイベントが生活の充実にどうつながっているかをアンケート調査したりして、人々の交流がスポーツを通じて広がっていく様子を肌で感じました。

佐藤さん
「フィンランドでは、おじいちゃんだろうが若者だろうが年齢に関係なくみんなが一緒にスポーツをしていた姿が印象的だった。同じ空間で同じものを共有できる瞬間が、人をつなげる一つの大きなきっかけになると感じた」

こうしてスポーツを生活の一部として楽しむスタイルを学んだ佐藤さんは、
帰国して大学を卒業した後、南三陸町でスポーツサークルを立ち上げたのです。

 

<気軽にスポーツに触れてもらいたい>

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活動拠点の古民家で今後に向けて話す佐藤慶治さん

スポーツを通じた交流をさらに発展させるため、佐藤さんが去年秋から本格的に取り組んでいることがあります。
さまざまなスポーツ団体の活動内容などの情報を一元化するプロジェクトです。
南三陸町によりますと、町内にスポーツ団体は佐藤さんのサークルを含めて25以上あり、それぞれが個別に動いています。
サークルに関する情報を一元化して発信し、利用する人が自分の希望や生活サイクルに合うスポーツを選びやすくして、気軽にスポーツに触れられる環境を整えるのがねらいです。
ことしの3月中に正式な団体として町に認可を受ける予定で、認可を受けることによって、町外から専門的な種目のスキルを持った講師を呼んだり団体どうしの交流を図ったりすることができるということです。

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佐藤慶治さん

佐藤さん
「いろいろなスポーツを気軽に経験でき、運動経験の浅い人やお年寄りがライフスタイルに合わせて生涯スポーツに取り組める環境を整えれば、仲間の交流がどんどん広がって町を離れる人も減るはず。
スポーツやイベント、趣味といった活動は、町の愛郷心や愛着を持たせてくれる大きな根っこになる。
自分の好きなことを自由に選択できて、それを完遂できて、結果的にこの町を好きだなと思ってもらえるような町を目指して、これから僕らも頑張っていきたい」

震災から12年がたち、津波で大きな被害を受けた南三陸町もインフラが整い、日常生活の環境が戻りつつあります。
さらに町を好きになるきっかけとして、人と人の交流をスポーツの力で生み出そうとしている佐藤さん。
大切なふるさとに新たな魅力を作り出そうと奮闘する姿に20代とは思えないほどの強い決意を感じました。

 


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仙台局アナウンサー 黒住駿

仙台局勤務3年目
スポーツを中心に取材
多くの取材者の逆境に負けない姿に
刺激をもらいながら私も奮闘しています