水産業に新しい風を 若き社長の挑戦

東日本大震災からまもなく11年。大きな被害を受けた宮城県の水産業は施設の復旧は進んだ一方、環境の変化など新たな課題に直面しています。そうした中、東京からふるさと石巻にUターンし、水産業を盛り上げようと挑戦を続ける男性がいます。その男性の思いとは。(記者 徳本絵夢)


【商社マンから転身 老舗水産会社の4代目】

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早朝の石巻魚市場。
競り人の威勢のいいかけ声にあわせて仲買人たちがとれたばかりの新鮮な魚を次々と競り落としていきます。ベテランの間に緊張した面持ちのまだ若い仲買人がいました。

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石巻市の水産会社の4代目の社長、布施太一さん(39)です。曽祖父の代から100年以上続く会社を去年引き継ぎました。石巻で生まれ育った布施さん。東京の大学を卒業後、大手商社に就職し、家庭も持ちました。商社では食品流通の営業や経理などを担当。充実した日々を過ごしていたといいます。

「もともと海外で仕事をしたくて、東京の総合商社に勤めていた。石巻に戻る気持ちも家業を継ぐつもりも正直、全然なかった」(布施さん)


【Uターンのきっかけは東日本大震災】

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それでも4年前、布施さんはふるさと石巻に戻ってきました。きっかけは東日本大震災です。

「震災後、1か月後くらいたってようやく地元に戻って来られた。すると爆撃を受けたんじゃないかというような光景が目の前にあった。もともと帰ってくるつもりもなかったので意識したことはなかったが、なくなると悲しいものなんだなって。元に戻したいし、もっといい街にしたい。漠然とした思いがでてきた」(布施さん)

震災で実家も工場も全壊。魚を加工する設備もすべて使えなくなりました。それでも会社を立て直そうとする父の意思を知り、布施さんは石巻に戻ることを決心しました。

「会社や工場がめちゃめちゃになって、父親も当然、会社を辞めるんだろうなって思っていた。そうした中、父が会社を立て直すという話を聞いたとき『僕は継ぎません』とは言えなかった」(布施さん)

突然の大企業からの転身。家族も驚いたといいます。

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「本気かなって正直思ったんですが、一回決めたら曲げない人だと思って納得した」(妻 由布香さん)

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「水産業の世界はどうしても浮き沈みの激しい時代。なので戻ってくるという話を聞いたときには躊躇した。ゼロから始まるような形なのでどうなのかと。でも戻ってくれれば非常に助かる部分もある。涙が出るような感じだった」(父 三郎さん)


【東京と地方のギャップに戸惑い さらなる課題も】

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経験ゼロで飛び込んだ水産業の世界。仕事を覚えるうちに気づいたことがありました。IT化など東京の大企業では当たり前だったことがほとんど進んでいなかったのです。

「東京の上場企業で働く環境と地方の中小企業で働く環境がこんなに違うのかっていうところに驚いた。例えば、パソコンが1台とか2台しかない。あとは毎日の仕事をやりくりする中で生計が成り立っていて、3年後、5年後を見据えた仕事づくりができていない。『3年後の水揚げなんて分からねえだろ』みたいなところで、中長期的な視野に立った仕事づくりが全然できていなかった」(布施さん)

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商売を取り巻く環境もこの数年で大きく変化していました。マダラを切り身にしてスーパーに出荷している布施さんの会社。これで売り上げの半分以上をたてています。そのマダラの水揚げがこの数年、地元で大きく落ち込んでいました。

「このままではまずい…」

布施さんは強い危機感を持ったといいます。


【経営改革に挑戦 むだをなくせ】

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「この中で商品化できるものありますか?」

社長に就任してから1年。布施さんは経営改革を進めています。まず取りかかったのが、事業の「むだ」の見直しです。大企業で経理を担当していた布施さんならではの視点です。

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注目したのは魚を加工する際に出る「頭や骨」の部分。これまであまり使われていませんでした。東京のフレンチレストランのシェフからもアイデアをもらいました。

「シェフに最初に見に来てもらった時、捨てているわけじゃないけど、商品として使ってない頭や骨を見て『これ商品として使わないのもったいないよ。宝の山だよ』っていうふうに言われて考えが変わった。手間と暇さえかければ、これまでほとんどお金にならなかった部分もお金にかえていくことができる。手間暇だけじゃなく価値が上がれば、ちゃんと商品になると気づかされた」(布施さん)。

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試行錯誤の上、およそ半年かけて新商品のスープが完成。販売には1年かかりました。
味に深みのあるスープは、地元のふるさと納税の返礼品や、地元百貨店のお歳暮にも採用されました。


【ITも活用 新たな顧客を呼び込め】

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ITを使った新たな販路の開拓にも取り組んでいます。

「皆さんこんにちは!仲買人、タイチです!」

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動画サイトに社長みずから出演。視聴者の目を引く演出で、石巻の魚の魅力をアピールしています。布施さんは会社のホームページの一番目立つ場所に自分の写真を載せています。売り手の顔が見えるようにすることで、客層を広げようと考えています。

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「『あの人から買う物は何でもおいしいよね』とかそういう存在に自分自身がなれれば、これってどんな魚でも販売していくことができるんじゃないかなと。次の10年に向けた種まきが今できるかどうか。チャレンジして新しい事業を作れるよう必死になって頑張っていきたい」(布施さん)


【取材を終えて】
「当たり前にあると思っていたふるさとの景色。なくなって初めて、それが当たり前ではなかったと気付いた」と話す布施さん。布施さんが手がける新規事業はまだ会社全体の売り上げのごくわずかにすぎないそうです。ただ、水産業の先行きが不透明な中、自分の会社、そして石巻が生き残っていくためには、新しいチャレンジが欠かせないと語ってくれました。「仲買人タイチ」はふるさとの水産業にどんな新しい風を吹き込むのか、しっかり見ていきたいと思います。

 


suisan220128_14.jpg【プロフィール】
徳本絵夢
平成16年入局
高松局などをへて
去年11月から仙台局。
瀬戸内海の魚で育ったので、三陸の海の幸に感動する日々。


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