2022みやぎ新春ボイス(4)ボブスレー 金子慶輝選手

4回目はそり競技のボブスレーで北京オリンピックを目指す仙台大学大学院2年の金子慶輝選手です。陸上の選手からなぜボブスレーの世界に飛び込んだのか?オリンピックへの思いとともにスポーツ担当の藤原由佳キャスターが取材しました。

【縁の下の力持ち、そりを押すブレーカー】

最高時速140キロ。ボブスレーは氷のコースを滑り降りる迫力満点の競技で「氷上のF1」とも呼ばれます。金子選手は2大会ぶりにオリンピック出場を目指すボブスレーの日本代表チームの一員として世界各地で国際大会に出場しています。チームでの役割は、2人乗りと4人乗りのいずれの種目でも、そりをコントロールする「パイロット」の後方からそりを押す「ブレーカー」です。

金子選手は4年前に競技を始めたばかり。それでも、そりを押しながらスタートの速さを競う全日本プッシュ選手権で2連覇している実力者です。

 「ことしはオリンピックを目指す特別なシーズン。なんとしても出場権を取らないといけない。ブレーカーの中心と期待されているので、そりを力強く押していいスタートタイムを出すことが1番の役割だと思っています。これまでやってきたことを氷の上でも表現できればチームも強くなると信じて戦い続けています」

【ボブスレーとの出会い】

新潟県出身の金子選手は身長1メートル90センチ、体重およそ100キロ。小さい頃から祖父の田んぼ作業を手伝い、おいしい米をたくさん食べて育ちました。大きな体格から生み出されるパワーを武器に高校と大学で円盤投げに取り組みましたが、大学では思うような結果を出せずにいました。

そんな大学3年生の時、大学構内に張り出されていた日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟の新戦力を募集するポスターに目がとまりました。それがボブスレーとの出会いでした。

「連盟から『海外に行けますか』と聞かれ『すぐに行けます』と答えました。2か月後には海外の試合に派遣されましたが、実は生でボブスレーを見たのはその時が初めてでした。最初は迫力に驚き、絶対俺には出来ない競技だ、と思いました。でも、日頃からやらない後悔よりやった後悔のほうが少ないという考えなので、ちょっとでも自分に可能性があるのならと思いチャレンジ精神で続けてきました」

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【逆境に負けず五輪目指す】

日本のそり競技の選手たちは厳しい練習環境に置かれています。1998年長野オリンピックでそり競技の会場になった施設は高額な維持費などを理由に運用が休止され、国内で使えるコースがありません。さらに昨シーズンは新型コロナウイルスの影響で海外の試合には1回も出場できませんでした。

可能性がある限りチャレンジを続ける金子選手はこのピンチにもめげませんでした。

ひとり黙々と大学でトレーニングに励み、中でも力を入れたのがスタートでの爆発力を生むために全身の筋力を高めるトレーニングです。バーベルを床から引き上げる「デットリフト」と呼ばれるウエイトトレーニングでは、1年前より50キロも重い250キロを挙げられるようになりました。

「1人でトレーニングするのは苦しいところも多かったが、チームの力になりたいという一心で厳しい練習を乗り越えることができました。スプリントタイム(=スタートの速さ)も競技を始めたころより速くなり、力がついてきたと実感しています」

【高い壁の五輪出場も諦めず】

北京オリンピックには、各国・地域から2人乗りで30チーム、4人乗りで28チームが出場する予定です。出場権は得られるかは国際大会の成績などから1月中旬以降に決まりますが、実戦の機会が少ない日本は、ランキングで瀬戸際に立っています。

金子選手は最後まで諦めずに食らいつきたいと意気込んでいます。

「苦しい状況ですが下を向かず、オリンピックで勝負するという目標を立てている以上は達成できると自信を持っています。なんとしても2月に中国に行って勝負したいと思います。ぜひ応援してください」

 

 

予告動画はこちら

 

fujiwara.png藤原由佳
NHK仙台でスポーツ取材一筋
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