秋サケがとれない ~「はらこ飯」に迫る危機~

「いやいや。手が出せない」

ここは商業施設の鮮魚売り場。高齢の女性が手に取った「はらこ」を棚に戻しました。私も値札を見てびっくり。100グラム1380円。黒毛和牛など高級食材と変わらない値段になっていたのです。
いったいなぜ?その背景を取材しました。

(気仙沼支局カメラマン・上田大介、仙台局記者・塘田捷人)

【 秋サケが“高級食材”に 】

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冒頭の商業施設。例年9月から11月になると、旬の味覚として、地元・宮城県産の秋サケの特設コーナーを設けます。地元産だけに値段も割安、切り身は100グラム160円程度で販売してきました。

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しかし、ことしは事情が違います。まず、売り場に並んでいたのが北海道産。宮城県産のものはありません。それでも切り身は例年より4割高い100グラム228円。サケの卵「はらこ」は数年前より7割高い1380円に値上がりしていました。売り場を訪れたお客さんからは、ため息交じりの声が聞かれました。

「簡単には口に入れられなくなった。サケ料理はもはや高級料理だね」(70代男性)
「前は本当に安かった。宮城県ではサケがとれなくなってしまったのかしら」(70代女性)

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鮮魚売り場の担当者が内情を語ってくれました。

(みやぎ生協幸町店 千田貴俊さん)
「宮城県産のサケは2,3日入荷があったのですが、それっきり。あとは北海道産で売り場を作っています。旬の食材だけにサービス価格で提供したいのがやまやまですが、とても難しい。店として利益がとれていない状況です」

【 料理店「名物のはらこ飯が出せない」 】

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宮城の秋の味覚「はらこ飯」。サケの煮汁で味付けしたあつあつのご飯の上に分厚いサケの切り身やイクラがたっぷり乗った亘理町の郷土料理です。

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亘理町にある飲食店に取材したところ、こちらもことし、県産の秋サケがほとんど入ってこず、北海道産を使っていました。それさえ仕入れ価格が高くなっているため、はらこ飯の価格をことし100円値上げして1800円にしました。値上げは2年連続です。
いつもは9月から12月までの3か月間提供していた、看板メニューのはらこめし。しかし、ことしは材料のサケの入荷が不安定のため、11月下旬で提供を終了しました。

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(料理店「あら浜」運営会社 塚部慶人社長)
「11月中旬にサケが仕入れられず、値段も高すぎる。そういった理由でギブアップするのは今までなかった。どうしていいかわからない」

【 記録的な不漁 原因は温暖化? 】

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秋サケの漁獲量が全国4位の宮城(令和2年度)。
県内のサケ漁は稚魚の放流などを進めた結果水揚げが伸び、平成21年には300万匹近くありました。しかし、最近は減少傾向となっていて、去年はおよそ20分の1の15万匹。ことしは去年をさらに下回るペースだといいます。

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寒さが身にしみる日の出前の午前6時。
県内のサケ漁の拠点の1つ、南三陸町の志津川港には、20隻の漁船が次々に港にやってきました。しかし、漁師たちは元気がありません。

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それもそのはず。秋サケがほとんどとれなかったからです。この日の水揚げは16本。
例年の10分の1だといいます。

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(地元漁師)
「今が最盛期なのに水揚げは年々減っている。ことしは燃料代も上がっていていつもより経費が高い。どうしたらいいかこっちが聞きたいよ」。

記録的な不漁はどうして続いているのでしょうか。専門家は温暖化が影響している可能性を指摘しています。

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(岩手大学 後藤友明教授)
「秋さけの減少には温暖化の影響があることはおそらく間違いない。この10年くらいの間で春から初夏の水温上昇が早くなっていて、サケが暮らすにはちょっと熱すぎる」

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サケの成長の仕組みです。
サケは川を下ったあと、敵の少ない三陸沖で一定の大きさまで成長します。
そして、海流に乗って北の海に出て行きます。

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しかし、海水温が高くなっていると、高温を敬遠して、小さなうちから離れていきます。

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その結果、ほかの魚に食べられ、数を減らしているというのです。
この問題は、宮城県産にとどまらず、北海道などほかの産地にも広がりを見せているといいます。

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(岩手大学 後藤友明教授)
「ここ最近は北海道産の秋サケも一気に減少している。主産地のオホーツク海と北海道の道東の海域に帰ってくるサケが急速に減っているのが目立つ。北海道周辺の海域も温暖化の影響を受け始め、稚魚が生きにくい環境になっているかもしれない」

【 不漁は長期化も… 求められる対応 】

別の専門家は、海水温の上昇が今後も続くと見込まれる中、地域の水産業を支えていくためには、先手を打った対応が必要だと指摘しています。

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(北海道大学 帰山雅秀名誉教授)
「基本的には温暖化が止まらない以上、秋サケが少ない状況は今後も続いていくと思う。今後は高温に強い種類のサケを増やす努力を進めていく必要がある。さらには、宮城でも太刀魚など南の海の魚がとれ始めていることから新たな活用方法を探るなど、温暖化に適応した漁業を検討していくべきではないか」

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一般的に、サケの加工施設は、サケ向けに設備が作られているため、ほかの魚に簡単に応用がきかないのが実情です。ただ、温暖化が止まらない以上、産地としてこのまま手をこまねいているわけにもいきません。「with温暖化」の時代、宮城の水産業をどう維持・発展させていくのか、真剣に考える時期が来ています。

 



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上田大介(平成23年入局)
初任地の釧路で漁業取材のイロハを学ぶ
11月から気仙沼支局
地域の基幹産業の漁業を精力的に取材

 

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塘田捷人
(平成30年入局)
事件や仙台市政を担当した後、10月から水産担当
仙台局に赴任して「はらこ飯」を知り、大好物になった

 


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