あなたの町の映像アルバム ~山形県蔵王温泉・福島県会津美里町高田地域~

自分たちの町はかつてどんな姿だったのか。番組では、NHKが過去に取材・撮影した900万を超える映像のアーカイブから、地域の出来事や営みなどを掘り起こし、映像が映された町で小さな上映会を開いています。地元の人だから分かるあの日の感動や当時の心境、大切にしてきた思い出を語り合い、見えてくるふるさとの姿をたどります。今回は、山形県と福島県で開催。映像を通してよみがえるみなさんの思い出とは?

 


山形県蔵王温泉
東北有数の温泉街として知られる、山形県蔵王温泉。上映会には、地元の観光に携わってきた方や、蔵王温泉の将来を担う若者など7人に集まっていただきました。なつかしのスキー風景や温泉街の営みが映し出され、爆笑トークが繰り広げられました。

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「やっぱりでかいね」「こんなまるまるとして」 樹氷(1935)

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「お地蔵様 今と違うね」「リクライニングしてる」 地蔵様(1959)

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「山交ケーブルだ!」「瀧山があるから中央ですね」山交ケーブル(1959)


《1979年 日本初開催!インタースキー》

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インタースキー(1979)と伊東秀人さん

インタースキーは、4年に1度開かれるスノースポーツ指導者の祭典。日本での開催は蔵王が初めてでした。国際的なイベントの裏側で、地元では知られざる苦労があったようで・・・。

「すごい雪不足だったんですよね。」
「んだ。」
「1月の半ばぐらいまでなかったんじゃ。」
「それでスノーマシンを初めて買ったんですよ、そのとき。」

雪不足だったため、消防のポンプをゲレンデまで運び、ホースで水をまく作業を行ったこともあったそうです。

インタースキーには、当時、小学校5年生の伊東秀人さんも出場!伊東さんは、元日本代表のプロスキーヤー。テレビ番組などでも活躍し、地元でも大人気だったとか。

「もうヒーローですよ。雲の上の存在でしたね。」
「今度山形帰ったらサインもらってきてもらっていい?みたいな。(とお願いされた)」


《1982年 強烈な温泉パワー》

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蔵王温泉風景(1982)

蔵王温泉の湯は、硫黄と酸性の強さが特徴。金属が劣化しやすく、温泉街の人たちにとっては、TVをはじめPCや冷蔵庫、エアコンなど家電はすべて消耗品だといいます。

「いやいや、電気製品貧乏だなあ。昨日もテレビ買ってきた。2年弱くらいでパッと消えて。」
「突然壊れますもんね。」
「メーカー保証も蔵王温泉は対象外ですって言われる。あまりにすごいもんだから。」

温泉に入ると2、3日は匂いがとれないといわれる硫黄臭も有名。地元の人たちは、旅行などから戻ったときにその匂いを嗅ぐと「帰ってきたー!」とホッとするそう。

《1999年 湯の花と‘意外な発見’?》
温泉の成分が固まってできる湯の花。地元では「湯花(ゆばな)」と呼ばれています。
蔵王温泉のお湯は、血行促進・殺菌作用・皮膚を強くする作用があると言われ、子供たちは、すり傷など小さなケガは温泉に入ればすぐ治る、と言われて育ったそう。湯の花は放置すると配管が詰まるため、長年、地元のみなさんが配管の掃除を続けてきました。かつての映像を見ていたところ、意外なところに注目が集まり・・・!?

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配管掃除(1999)と堀利光さん

「もしかして利光さんじゃない?」
「あ!髪の毛がある!」
「利光さん、(髪の毛)本物ですか?」
「本物です」


福島県会津美里町高田地域
会津美里町高田地域は、梅の栽培が盛んで、家ごとに梅干しを漬けてお裾分けをするほど。上映会には、長年、観光ガイドを行ってきた方や、町にUターンした女性など7人に集まっていただきました。今も受け継がれる民謡や祭りの様子が映し出され、地元の人たちが、それぞれの素敵な思い出を語り合いました。

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「これ結婚式のとき」」「カスタネットみたい」「お皿で」ひょっとこ踊り(1961)

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「なんでみんなパンチパーマ」「当時のはやりです」大俵引き(1986)

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「1個サービスしてもらったり」「あんこたっぷり入れてくれる」きんつば屋(2000)


《1962年 夜通し踊った高田甚句》

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高田甚句(1962)

伊佐須美神社などの盆踊りで歌われる「高田甚句」。かつては、みんなで仮装をして盆踊りに参加していたとか。上映会に参加した谷内大樹さんの祖母の家にも、仮装用のお面などがタンスに眠っていて、幼い頃、そのお面で遊んだ思い出もあるそうです。

「(伊佐須美神社などの盆踊り)今は9時頃で終わるけど、前は1時とかね。」
「夜中遅くまでやってたもん。」
「あっちこっちぐるぐる回って、掛け持ちして歩いて。」
「朝までね。」


《1977年 子どもたち大活躍「御田植祭」》

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稚児行列(1977)

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獅子追(1977)

伝統行事「御田植祭」。小学校の行事として参加していた子供たちは、町を2キロ走り、途中でおむすびを食べるところまでがセットだったそう。町を歩く行列には天狗がいて、その行列を家の2階などの上から見ると天狗に刺されるから見てはいけない、と言われて育ったとか。

「中学生になるとみこさんの格好、それを着られるのにあこがれた。」
「小学校にあがると獅子追に参加して。」
「男はここ(鼻の頭)におしろいを塗って、どんすを着て、鈴を付けて、はっぴを着て。」


《2001年 特設ステージも作っちゃった!種とばし世界大会》

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高田梅種とばし選手権世界大会(2001)と永峯浩三さん

地域特産の高田梅は、ゴルフボール大で肉厚なのが特徴。その種を活用して生まれたのが
「高田梅種とばし選手権世界大会」。印刷業を営む永峯浩三さんは、種飛ばし大会を世界大会にしよう!と思いたち、会津の大学や店などを自腹で回り、参加者を募りました。結果、教授や留学生、店で働く外国人のみなさんが参加してくれ、めでたく世界大会に!
なつかしい映像にもちゃんと永峯さんの姿が・・・。

「町で作っていただいたんです。会場に特設(ステージ)を。」
「(映像の中に)いたいた。」
「浩三くん。」
「若いけどそんなに変わらない。」