『塾』がタダってどういうこと?
「塾受講料 ○×万円也」
子どもの夢を応援したい。でも、毎月の塾の受講料は結構負担…。
多くの子どもを持つ親にとって、毎月数万円の受講料は軽くありません。
最近では食費や光熱費などの値上げが相次いでいるのに。
では、もし受講料が“タダ”の塾が近所にあったらどうしますか?
「短期のキャンペーンなんでしょ?」
「一部の特待生だけの優遇措置では」
いえいえ、“無料塾”実際にあるんです。
しかも高校の校舎の中に。
いったいどういうことでしょうか。
(仙台放送局記者 伊藤奨)
【高校の中に『塾』!?】
“無料塾”があるというのは、宮城県南三陸町にある県立の志津川高校です。
実際に自分の目で確かめようと、5月某日、高校を訪ねました。
(生徒)
「この英語の長文の意味が
よく分からないのですが…」
(講師)
「まず辞書で引いてみようか。
テストによく出るポイントだよ」
午後8時。すっかり暗くなった高校の校舎で、唯一、明かりがともされた教室からにぎやかな声が聞こえてきました。
これが志津川高校の無料塾「志翔学舎」です。
講師を務めるのは、学習支援を行う東京のNPOのスタッフ。どちらかというと塾の授業というより放課後の自習室に近い雰囲気で、和気あいあいとしていました。
無料塾は平日の放課後~午後9時まで毎日開かれ、この高校の生徒なら誰でも利用することができるそう。生徒からの評判も上々です。
「授業でわからなかったところを授業の先生に質問する時間がないときもありますが、
塾では的確に教えてくれるので、自分にとってあってるなと思います」
「人と話しながら勉強できたり、わからないことがあればすぐ相談できて、落ち着く場だと感じます」
【生徒数6割減 たった10年で】
無料塾が始まった背景には、生徒数の「激減」がありました。
南三陸町は震災後の復興事業で周辺自治体との
アクセスがよくなった一方、人口の流出が加速。
地元以外への進学者が増え、
志津川高校の生徒は震災前より6割以上減りました。
「このままでは町から高校がなくなる」
町で危機感が広がりました。
「地域から高校がなくなれば40~50分ほどかけて隣の自治体に通学しなければならない。子どもが町外に進学すると、町から転居する保護者もいる。地域から学校がなくなればますます人口減少に歯止めがかからなくなるのではないか」
起死回生の一手として始まったのが「無料塾」。
高校に学力向上を期待する保護者が多かったことから町が決断しました。
教室は高校が提供する一方、講師の人件費など毎年1200万円の費用は全額、町が負担しています。
【受験生“部活と勉強の両立も”】
無料塾が始まって5年。
地元の高校で勉強も部活動も頑張りたいという生徒が集まり始めています。
地元出身で3年の氏家航志さん。
野球部でキャプテンを務める傍ら、将来、教師になるため大学進学を目指しています。
練習後に間を置かず勉強が始められ、費用も無料。
塾の存在は進学の大きな決め手だったといいます。
「この塾がなかったら部活で疲れたから早く寝ようという気持ちになるかもしれない。学校の近くにあるからモチベーションを下げないまま勉強に取り組める。通学時間も短く、時間を効率的に使えてよかった」
【将来の地域の“担い手”の確保にも】
無料塾は将来の地域の担い手の確保にもつながろうとしています。
東北学院大学2年の及川拓海さんは2年前、志津川高校を卒業しました。
消防士が夢という及川さん。無料塾のアドバイスで大学進学を決意しました。
「大学に行くか迷っていましたが、無料塾のスタッフに相談したところ、『やりたいことはないのか』って聞かれ、フィールドワークや防災を学ぶのが楽しかったと答えたところ、この大学を勧められた。将来つきたい仕事は人とのコミュニケーションが大事なので、フィールドワークが多いこの学科に入学できてよかった。将来は地元の南三陸町に戻って、震災で被災した南三陸町のまちづくりに貢献していきたいという思いも強くなった」
及川さんは防災や福祉など、地域の課題に正面から向き合い、解決を目指す取り組みを学んでいます。将来は地域を支える消防士として地元に貢献したいと考えています。
【生徒の全国募集も 問われる工夫】
無料塾を設けた志津川高校は、来年度、名称を「南三陸高校」に変えて、宮城県の県立高校では初めて全国から生徒を受け入れる予定です。これにあわせて町は生徒寮を整備するなど、受け入れ準備を進めています。
地方の高校にとって生徒数の減少は今や避けて通れない課題です。この先、どうすれば生徒が集まる魅力的な学校になるのか、それぞれの高校や自治体の工夫がより問われることになりそうです。
伊藤 奨
2016年入局
初任地は福井局
おととし地元仙台に赴任