又吉直樹さんが語る"あの日"

220301_ma01.png

「あなたの“伴走曲”は何ですか?」(2022年3月4日放送)で番組MCを務めた
又吉直樹さんにとって、
“あの日”はどんな1日だったのかお聞きしました。


2011年3月11日 又吉さんは何をされていましたか?

(又吉)その日は東京の世田谷にあるスタジオで番組の収録をしていました。すごく揺れたので一回中断したのですが、あとエンディングを撮ったら終了という段階だったので、揺れが収まった後に最後まで撮ることになりました。そして、みんなでスタジオに戻ったのですが、もう一度すごく大きく揺れました。そのときの体感としては廊下が波打つような感覚で、これは続けられないと収録は中止になりました。すぐにタクシーに乗って自宅に帰る途中、まだ被害の状況が分かっていないタイミングだったのですが、マネージャーに電話しました。翌日に収録予定だったコント番組ついて、「ちょっとコントやれないです。」と伝えたことを覚えています。実際のところ僕がそんなことを言わなくても翌日の収録は全部中止になりましたが。自宅に帰ったら、本棚とか家具が全部倒れていて。何となく落ち着くことができず、報道番組を見ていました。家に帰ることができない人たちが、マンションの下を行列のように歩いていく音が深夜までずっと聞こえてきたという記憶が残っています。

そのとき又吉さんはどう感じていましたか?

(又吉)大阪の実家に電話をしたり、たくさんの知人から連絡が来ていたり、何かを具体的に考えられるというより、もう動揺してどうすればいいのか分かりませんでした。

220301_ma02.png

その経験が今の又吉さんにつながっていると思うことはありますか?

(又吉)僕の中で一番大きく変わったのは、ネガティブ過ぎることやブラックなジョークを言わないようにしたことです。周りから見ると大きく変わった印象はないと思うのですが、震災が起こるまでは、ネガティブなこと・ブラックなこと・毒のあるワードを好んでいて、ネタや大喜利のなかで使っていました。その3つと気持ち悪さという芸風だったのですが、震災後は一番得意としていたそれを禁じ手にして、人を傷つけることを基本的に言わないようにしました。あのタイミングで自分が持っていた武器を全部整理できたことは大きいですね。2011年以前に自分が作ったネタや文章を読むと、こんな強い言葉で書いていたんだなと思うことが多々あります。

当時、例えばTwitter上で、「みんなのことを心配しています」とか言葉を発信していて、「その言葉を言ってくれてありがとう」というメッセージのやり取りが、表現している立場の人間と、応援してくださっているお客さんの間でよく見られたのを覚えています。でも、僕はずっと何も言わなかったんです。言わなかったというより何も言えませんでした。そうしていると、「何か言ってください。みんな又吉さんの言葉を待っています。」と言われたんですね。言うべきだから言うのではなく、自分の感情と言葉は一体じゃないといけないと思っているので、そのとき何となく怒りが湧いてきました。「今自分が言葉を言わない、言えない」というのが自分の状態の表明だから、「言うべきだから言う」というのは表現者としてどうやねんって。そこで、きちんと言えたらいいなとは自分でも思うのですが、「言えないというのが自分なんやな」とやっぱり思ったので、「僕は自分の感情と自分の考えで言いたいから言えません」と答えました。そうすると、善意で言ってくれていた人だったから、まさか僕がそう言うと思ってなかったんでしょうね。罵られました。ああなるほど、みんながそこまで混乱しているんだと分かったんです。 

220301_ma03.png

言葉と感情が一体になっているか、そして発信のタイミングはすごく大事なことですよね。

(又吉)そうですね。自分が多少傷ついたとしても勇気をもって、みんなに「がんばろう」とか「大丈夫ですか」と発信できる人を強くてかっこいいなと思います。でも、自分がそのタイプではなくて、自分よりも大変な人がたくさんいると分かっているのに、何も発信できませんでした。僕にとっては、震災前までの芸風を変えるぐらいの状態だったので。でも、たまに「あのときどう思っていたのかな」と思い出すこともあります。確かに、僕に言ってきた人も「何でこういうとき助け合わないんだ」と僕に対して思ったのかもしれないですよね。それには応えることができませんでした。

“あの日”経験したことが今の芸風にも影響を与えているという又吉さん。震災当時は、自分よりも大変な思いをしている人がいるなかで、何も発信できなかったという率直な思いも教えてくれました。

NHK仙台局のサイト「あの日、何をしていましたか?」では、
みなさんの2011年3月11日について投稿を募集しています。
https://www.nhk.or.jp/sendai/311densho/souieba/