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相馬 宏男

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        2019年06月11日 (火)
        【相馬 宏男】政宗を支えた重臣たち

        先日、歴史研究会のメンバー主催による講座を聴講した。

        講師は郷土史家元仙台市史編纂室長菅野正道さん。

        表題の「政宗を支えた重臣たち」がテーマ。

        政宗自身は様々な形で研究が進められているが、その家来については小生もあまり知らない。そんなこともあり、日曜日の午前出かけてみた。

         

        政宗は西暦で言うと1567年~1636年で、1600年が「関ケ原の戦い」だからまさに時代は織田信長豊臣秀吉徳川家康の時代と重なる。

        政宗の重臣として知られているのは片倉景綱伊達成実など。

        片倉は政宗の父「輝宗」の小姓から政宗の養育係に転じ、側近、重臣となった人物。

        宮城の人にとっては片倉小十郎の方がなじみが深いかもしれない。

        福島の大森城亘理城を経て、慶長7年(1602)には白石城主となりその子孫は代々白石城主で一万八千石余を領している。

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        伊達成実は政宗にとっては一歳年下の従弟

        天正14年には二本松城主天正19年には角田城主となっている。

        一時政宗と不和になったが、関ケ原合戦には帰参し、その後、亘理城主として二万三千石余を領している。

        最近の研究から菅野氏は「片倉氏は譜代の重臣であることがわかり、景綱は側近の重臣からトップクラスの軍司令官に成長した」と語る。

         

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        また、片倉景綱伊達成実に対して、政宗は多くの書状を書いている。

        景綱宛は平仮名を多用し、くだけた感じだが、成実宛は漢字主体の良質な紙を使用し、同じ重臣ながら基本的な立場に差があることがわかるという。

         

        DSCN9004.JPG DSCN9005.JPG

         

         

        講座では時代の変遷によって政宗の書状の数の変化も提起され、政宗とあて先の人物との

        距離感もわかるという話があった

        つまり、筆まめの政宗心境の変化や肉体的、精神的な衰えも垣間見られるそんな講座であった。

         

        時代を一気に400年余り前倒しし、当時の世界に「遊ぶ」ことができたひと時だった

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