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相馬 宏男

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      2018年09月07日 (金)
      【相馬 宏男】林子平ゆかりの地

      宮城県議会の建物の横に林子平(はやし しへい)の銅像が建っている。

      このあたりはバス停がありバス待ちの人々が結構いるが、少し植え込みなどもあり奥まった感じのところだ。

      そしてこの広場風のところに銅像が建っている。林子平の像だ。

      souma190907_1.jpg

      林子平、名は友直、六無斎(ろくむさい)と号している。

      姉は六代藩主伊達宗村の側室で兄が藩士に取り立てられた縁で仙台に移っている。

      子平は長崎など各地に遊学、海外事情を見聞きしていた。

      海防の重要性を説き、琉球や朝鮮、蝦夷地などの地図、風俗などを解説した「三国通覧図説」や対外警備が急務であることを論じた「海国兵談」などを著している。

      この中では「江戸の日本橋より唐・阿蘭陀(オランダ)まで境無しの水路也」と述べ広い視野で世界情勢への警鐘を鳴らしている。

      しかし、幕府から人心を不安にしたとの罪に問われ、出版物などを没収されている。

      同時にちっ居も命じられている。

      souma190907_2.jpg

      この4か月後にロシアの使節ラックスマンが漂流民「大黒屋光太夫」を連れて根室に着く。

      次第に日本開国の動きが始まっていたのだ。

      souma190907_3.jpg

      林子平は、寛政5年(1793)に病没し、龍雲院に葬られている。この寺は青葉区子平町にある。

      子平町はかつては半子町といわれていたが、子平にちなみ改められた。

      墓も当初は建てることが許されなかったが天保13年(1842)になって許され、甥の林珍平によって墓碑が建てられている。

      「親も無し 妻無し 子無し 版木無し 金も無ければ 死にたくも無し」と詠む。

      六無斎と称する由縁だ。

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