NHK仙台 アナウンサー・キャスターblog

相馬 宏男

相馬 宏男

プロフィールを見る

アナウンサー

    キャスター

      仙台局に在籍していた
      アナウンサー

        このブログについて

        RSS

        メニュー TV NHK 地域 仙台 アナ キャス日記

        2018年04月10日 (火)
        【相馬 宏男】街は変わる、定禅寺通り界隈

        仙台城下の配置は城を中心に武家屋敷、町人町と、ある意味、同心円状に配置された。
        政宗による広瀬川の河岸段丘を利用した街づくりだ。
        現在の町名にも、武家町と町人町の名残がある。


        さて、新NHK仙台放送局のある錦町公園付近は仙台城の北東方向にあたる。

        180410soma-01.jpg

        180410soma-02.jpg

         

        この辺りは、かつて、町を守る防衛線として寺院が数多く配置された。
        現在の勾当台公園付近には「定禅寺」という寺があり、その名は現在の「定禅寺通り」に残っている。


        この定禅寺の周辺には、大聖寺、千手院、光円寺などが立ち並んでいたという。
        時代が下り明治になって、錦町公園付近には、県立宮城病院があり、この病院はその後、北四番丁に移ったという。

         

        昭和の時代にクローズアップされるのは、「錦町公園」の南側に「大仏」があったということ。
        読み方は「おぼとけ」、盧舎那仏(大仏)が安置されていたという。
        この大仏堂は戦災で焼失してしまった。

        180410soma-03.jpg

         

        この周辺は戦災復興事業で公園として整備され、この事業に伴って寺社や学校は移転していった。

         

        私の記憶の中には、この公園の中に「レジャーセンター」という建物があり、ここは体育行事のほか、選挙の開票場としても利用されていた。
        若き頃、開票取材にあたったことを思いだす。
        結局このレジャーセンターは、公園内の施設としては、面積比率が法令に合わず、解体撤去されてしまった。

        180410soma-04.jpg

        180410soma-05.jpg

         

        先日は満開の桜の下、市中心部の手ごろなお花見の会場として、大勢の市民でにぎわった錦町公園。民間のホテルや自然史博物館という建物もあった場所だが、今年、NHK仙台放送局が完成、メディアステーションとして新たな歴史を作り、定禅寺通りの様々な歴史の中で日々変貌を続け進化を遂げている。

        180410soma-06.jpg

         

        果たして、50年後は仙台の街並みはどう変わっているだろうか

        最新記事

        検索

        カレンダー

        <<  2018年08月

        Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
              1 2 3 4
        5 6 7 8 9 10 11
        12 13 14 15 16 17 18
        19 20 21 22 23 24 25
        26 27 28 29 30 31  

        バックナンバー

        ▲ ページの先頭へ