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相馬 宏男

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        2018年03月28日 (水)
        【相馬 宏男】青函航路廃止から30年

        仕事で、プライベートで青函連絡船「八甲田丸」を何度か訪れた。
        昭和63年(1988)に最後の航海が行われ、青函連絡船は、80年の歴史に幕を閉じた。
        現在では、メモリアルシップとして、観光船の役割を任っている。

         

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        青函航路が始まったのは、1908年(明治41)のことだった。
        私は朝な夕なに連絡船の霧笛やタグボートの接岸合図の汽笛で育ったといっても過言ではない。接舷には微妙なタイミングと高度な技術がいる。船を寄せる作業は緊張と勘が働かないとうまくいかない。

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        さて、メモリアルシップの内部は、まるで博物館のよう。船底の貨車を入れるスペースは想像以上の広さ。

         

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        かつての機関長、葛西さんに会ったことがある。私と同年代で、最後の青函連絡船にも乗務した人だ。今では、ボランティアガイドとして見学者の案内をしている。
        実は私は青森局時代この最後の連絡船に乗り、生中継を担当した。一旦乗ると函館まで行かなければならないのは当然で、函館から同じ船で青森に戻ったことを思いだした。
        往復8時間を八甲田丸で過ごしたことになる。

         

        さて、何年か前のヒロオさん☆歩では葛西さんに、ブリッジから機関室、船底の貨車の格納区域などを案内してもらった。青函連絡船「洞爺丸」の海難事故の際は船尾の波よけの隔壁が設置されてなく、そこから波が入り込み、沈没に至った経緯など専門家ならではの話も聞いた。後年、改修して、隔壁が設けられた。これで、波を防ぐことができるようになった。

         

        青函連絡船の歴史を伝え続ける「メモリアルシップ 八甲田丸」その終航から30年、黄色の船体の船は、現在も青森湾にその姿を浮かべている。
        私自身も歴史の中のひとコマとしてその中にいる。

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