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相馬 宏男

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        2017年03月14日 (火)
        【相馬 宏男】震災6年目の日、あなたはどう過ごしましたか?

        「3・11」この日は胸に刻まれた印のように、消えることはないだろう。

        テレビ、ラジオもあの東日本大震災のこと、そして今後のことを報じていた。

        私はいつものように起きだし、この日の「朝日」をカメラに収めた。

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        そして、海岸沿いには中々足が向かなかったのだが、意を決して、に向かった。

        震災の翌年にも、中野小学校のある蒲生に自転車で向かった。この日は、一年の慰霊祭が校庭で行われ、喪服姿の大勢の方々が、半ば呆然とその会場に佇んでいるのが心に迫ってきた。何度か訪れた蒲生の干潟も跡形もなく、わずかに、かつて日本一低い山の標識が、被災地を訪れた人々のメッセージで埋め尽くされていた。

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        その後の被災地二度目の訪問は、一昨年のこと。大勢の人々が避難した石巻市の日和山だ。ここでは少し落ち着きを取り戻した人々が茶会を開き、抹茶をふるまってくれた。私がアナウンサーであることはすぐに知られてしまった。

        眼下に見える石巻の姿は、津波で洗いざらい押し流された街の姿があり、以前、何度もその場から眺めた私には、言葉も出ないくらいの光景だった。

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        そして、今年の3・11の日、仙台港に出かけた。ここは、名古屋、仙台、苫小牧とフェリーの中継地とでもいえるところ。岸壁には、フェリーに積み込むトラックや貨物が所狭しと並び、フェリーの接岸を待っているようだった。

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        しばらくすると、大型のフェリーが仙台港にゆっくりとゆっくりと入ってくる。岸壁近くでは動いているかいないかわからないぐらいのスピードで近づいている。

        船名が見えてきた。「きたかみ」だ。

        この「きたかみ」実は、あの東日本大震災の時、大津波警報の発令とともに、急きょ、沖に向かい、津波を乗り越え、外洋に無事、のがれた船だった。

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        何か、運命のような感じを持たざるを得ないような思いが去来し、吹き付ける風の強さに思わず「ブルッ」とする一瞬だった。

        この日の風は、冷たさは増すものの、かぶっている帽子が飛ばされるほどではなかった。

        震災6年目、仙台港で「海」とは、何か、人間にとってはどんな意味を持つところなのか、改めて考えさせられた。

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