 |
|
「ポルトガルとスペインの建築様式」
コロニア・デル・サクラメントの旧市街では、ポルトガルとスペインの2つの国の建築様式を見ることができます。家の屋根の形も三角の屋根と平たい屋根の2タイプあり、三角屋根はポルトガル、平たい屋根はスペインの建築様式です。 坂道にも違いがあります。雨が降った時など内側に水が流れるよう真ん中をくぼませた坂がポルトガル、水が外へ流れるよう内側を少し盛り上げた坂がスペインのものです。 こうした違いが生じたのは、この街が17世紀からおよそ100年間にわたって、ポルトガルとスペインにより9度も奪い合いの戦争が繰り返されてきたためなんです。街の主が変わるたび、その国の建築様式が街の建設に用いられていました。そのため、旧市街にはスペイン・ポルトガルの建築様式が混在しているのです。 |
|
|
「ポルトガルセラミック」
旧市街ではいたるところに、青い文字で道の名前を記した陶器製のプレートがあります。これは18世紀、ポルトガル人によって持ち込まれた「ポルトガル・セラミック」です。このプレートは、街の歴史や伝説を今に語っています。例えば、「ミッション通り」は、スペインがこの街を植民地とした時に、布教のミッションを受けた宣教師たちが住み着いた通りだから。「紳士の庭通り」はその昔、心やさしく花を愛する男性がステキな庭を作った場所・・・というように。 ポルトガル・セラミックは19世紀になると、ポルトガル人が持ち込んだ物はほとんどが壊れてなくなってしまいました。しかし、コロニア・デル・サクラメントの人々はかけらを集めて模倣し、自分たちのポルトガル・セラミックを作るようになったのです。今でも街の人々はポルトガル・セラミックを愛し、家の表札などに使っています。 |
|
|
「カンドンベ」
コロニア・デル・サクラメントでは、毎日のように太鼓をたたく小さなグループが街中を練り歩いています。カンドンベと呼ばれる音楽です。チコ・レピーケ・ピアノの3種類の太鼓でリズムをとり、この3種のリズムの音色が“カンドンベ”と聞こえることから、この名が付けられたと伝えられています。カンドンベは、この街が建設された当時、奴隷としてアフリカから着た黒人たちによって生み出されたものです。 故郷を離れたさみしさや悲しさを忘れるため、彼らは太鼓を叩き憂さを晴らしました。カンドンベのリズムは、対岸のブエノスアイレスに渡りタンゴのリズムにも影響したとも言われています。 |
|
|
 |