ヨーロッパ ポーランド

記憶する街ワルシャワ/ポーランド

初回放送
2019年12月3日
撮影時期
2019年8月
語り  
小倉久寛

ドイツとロシアという大国のはざまで辛酸をなめてきたポーランドの首都ワルシャワ。民主化そしてEUへの加盟と、ようやく手にした平和と繁栄を享受しながらも、歴史への誇りを胸に歩む人々と触れ合います。

歩き方

街の基礎情報 ワルシャワ

場所:

ポーランド中央部

人口:

約170万(2014年)

景色:

地平線まで続く真っ平らな地で、街の中央をビスワ川が流れる。

人々:

明るく優しく、機知に富む

産業:

製造業、観光業など

交通手段:

鉄道・路面電車・バスなど

行き方:

日本→ワルシャワ(11時間)。成田空港に直行便が就航している

通貨:

ズロチ
1ズロチ=約28円(2019年8月)

歩き方

世界遺産に登録されている旧市街では、風格ある建物が並ぶ広場で手回しオルガン奏者に会い、戦前のワルシャワへの愛を聞きます。中心街にはビルの廃虚が戦争の傷跡として大切に保存されていました。市場をのぞくと、卵にこだわる市民の食生活がかいま見えます。中心部には社会主義時代の立派な高層建築「文化科学宮殿」も鎮座していますが、これは保存か取り壊しか意見が対立しているとのこと。昔ながらの手作りブラシ屋さんに寄った後、公園を歩くと、踊る女の子たちに出会います。K-POPに夢中という話でした。

街を歩いてみて(ディレクター談)

南部の公園では日曜にショパン演奏会が開かれ、大勢の市民が芝生で憩います。ショパンは、第2次世界大戦のナチス占領下では禁止されていたと知り驚きました。今も昔も権力者が恐れる「文化の力」。大事にしていかなければと、調べを聴きながら感じました。

写真ギャラリー

街のなりたち

ワルシャワでは毎年8月1日午後5時にサイレンが鳴り響き、歩行者も車も停止して黙とうをささげます。75年前、ナチス・ドイツ占領下で同時刻に始められた「ワルシャワ蜂起」を記念するもの。貧弱な武装ながら女性も子どもも参加して中心街を解放しますが、63日後に降伏。15万人以上が犠牲となり、ヒトラーの命令で街は徹底的に破壊されました。戦後、市民の努力で元通りに再建された街。そこには、戦前にはなかったものが至る所にあります。それは戦争の犠牲者を悼む記念碑。ワルシャワは「記憶する街」なのです。

出会い

街の「手回しオルガン弾き」

旧市街広場で、温かく懐かしい音色の手回しオルガンで歌っていました。歌も服装も1920年代風で、戦前のワルシャワ愛が漂います。以前は、猫がバルコニーから落ちないための柵を作る仕事をしていたそうで、楽器も自分で作ってしまったんだとか。器用!

街の「K-POP」

公園で息の合ったダンスをしていた女の子4人組。聞くと曲はK-POPで、ポーランドでも数年前から大人気なんだとか。韓国とは遠く離れ、歴史の縁も薄そうなのに、K-POPパワーすごい! 将来の夢は「客室乗務員」「翻訳者」と教えてくれました。

街の「クラシック・カー」

社会主義時代を象徴する建築の前に並ぶ、社会主義時代の車。実は街を回るツアー車で、「初めて持った車がこれだった」という父親と息子が来ていました。「この車でポーランド南部の山を見に行った」恋人と結婚したそうで、息子は「俺は知らない」と涼しい顔。

グルメ

【第1位】ヴゼトゥカ

チョコレート・スポンジにシロップを含ませ、生クリームを挟んだシンプルなケーキ。戦後、ワルシャワ復興の象徴となった道路「W-Z線」(東西線)沿いにあった店で供され始めて一躍人気となった、ワルシャワを代表するケーキ。
<平均価格 約300円>

【第2位】マズレック

タルト生地の上にキャラメルクリームを塗り、ナッツやドライフルーツ、キャラメル・クリームでトッピングしたケーキ。とても甘く、イースターの頃に食べるのが伝統。
<平均価格 約1,500円/大判の1枚。カフェでは見かけず、購入用>

【第3位】センカチ

日本などではバウムクーヘンと呼ばれるが、ポーランドが起源という説もある。ぐるぐる回る芯に生地を塗っては焼き、塗っては焼きを繰り返し、ゴツゴツと張り出した枝、波打つ不ぞろいの年輪......と素朴な魅力たっぷり。味わいも素朴であとを引くおいしさ。
<平均価格 約180円/100g。カフェでは見かけず、購入用>

ちょっとより道

ヤノフ村 伝統の毛織物の里を訪ねて

ワルシャワから車で3時間。毛織物の里といわれるヤノフ村を訪ねました。織り手の1人を探し当てると、庭先でおじいさんが糸巻きの真っ最中。毛糸は自家製だそうで、羊もおり、おじいさんが呼ぶと来るほど慣れています。娘さんが、織り機で作業をしていました。横糸を細かく通して、花や星などの伝統柄を織り上げていきます。歌を歌いながら、糸紡ぎの作業をしていたのはおばあさん。60年前、18歳のときに織ったという敷物を見せてくれました。「私は年とったけど、織物はいつまでもきれいよ」と。

語り:ベッキー