緊張続くアメリカ・イラン 両国の思惑&今後は
2020年1月12日の出演者のみなさんです。
左から、永井伸一キャスター、坂下千里子さん、Mr.シップ、ゲストの藤本隆宏さん、国際部の花澤雄一郎デスクです。
いよいよ、ことしは東京オリンピック・パラリンピック。
世界の注目が集まる日本ですが、
世界では、アメリカとイランが大変なことになっています。
「イランの英雄」とも言われる司令官を、アメリカが殺害。
復しゅうに燃えるイランは、アメリカ軍の拠点をミサイルで攻撃しました。
新年早々、“アメリカとイランの間で戦争がおきるんじゃないか”など、ツイッターでは「第3次世界大戦」ということばまで話題になっていました。
何が起きて、この後どうなるのか、国際部・花澤雄一郎デスクが解説しました。
まずは、これまでの流れを見ていきましょう。
現場はイランのとなりのイラクでした。
12月27日、アメリカ軍が駐留する基地が攻撃を受け、アメリカ人1人が死亡。アメリカはイランが支援する武装組織が攻撃したと見ています。
12月29日、アメリカが報復として武装組織の拠点を攻撃し25人が死亡。
12月31日、イラン側の武装組織やその支持者らが、イラクのアメリカ大使館に押し寄せて、中にまで侵入。
1月3日、アメリカ軍は重大な報復をしました。爆撃によってイランの有力な司令官を殺害。
1月8日、イランはアメリカ軍が駐留している2つの基地に弾道ミサイルを発射。アメリカ軍には被害はありませんでしたが、異例の事態でした。イランの最高指導者ハメネイ師は「アメリカに平手打ちを食らわせた」とも言っています。
トランプ大統領は、一晩検討した後で「アメリカ側に被害が出なかったから、とりあえず反撃はしない」という姿勢を示しました。
一方、イランもひとまずこれで報復をやめていて、危険は回避されました。
しかし、アメリカとイランの危険な対立は残されたままです。
今回の対立の中で、特にイランのソレイマニ司令官の殺害には衝撃を受けました。
イランでは特に保守派の間で「英雄」として熱狂的に支持されている人物です。
ソレイマニ司令官の葬儀に参列した人たちです。
葬儀はイラン各地で行われ、北東部のマシュハドという都市では、100万人以上が参列したと伝えられています。
出身地で行われた葬儀では、多くの人が殺到して折り重なるように倒れ、50人以上が死亡したんです。
首都テヘランの葬儀では、最高指導者のハメネイ師が悲痛な表情で祈りのことばを述べました。
「神の慈悲があらんことを」。
イランの国営テレビでは、画面の左上に司令官の死を悼むために黒い帯を表示、テヘラン市内の映画館では営業を取りやめ、広告も黒い布で覆われました。
こうして、国をあげて喪に服しました。
なぜそこまで人気があるのかというと、それは「実績」なんです。
ソレイマニ司令官は「シーア派ベルト」というものを作りました。
シーア派というのはイスラム教の宗派です。
もう一つの主な宗派はスンニ派です。
イランはそのシーア派の大国なんですが、スンニ派の国々やイスラエル、そしてアメリカと対立してきました。
その中でソレイマニ司令官は、イラクやシリア、レバノンなどで武装勢力に武器を与えたり、政府との関係を深めたりしてきました。
そして、イラン寄りの勢力圏「シーア派ベルト」を作ってきたんです。
最高指導者のハメネイ師の側近であり、ロシアに行った際にはプーチン大統領が会うほどで、各国の要人との交渉も行う特別な存在です。
つまり、対立するアメリカにとっては“邪魔な存在”なんです。
アメリカ政府は、これまでに多くのテロ事件や数百人にも及ぶ軍人の殺害に関与したと指摘していて、過去にも殺害計画がありました。
しかし、それだけの重要人物を殺害したら、イランが怒るのはわかっているわけですが、なぜ、トランプ大統領は司令官殺害を決めたのでしょうか。
ということで、アメリカとイランの胸の内を見ていきます。
トランプ大統領の胸の内には、天秤が置かれています。
大統領は司令官殺害によるメリットとデメリットを慎重に見極めました。
いまトランプ大統領にとって最も大事なのは、ことし11月に迫っている大統領選挙です。
まず、大統領の熱心な支持層は、イランを敵視しています。
このため長年、苦しめられてきたイランの司令官を殺害すれば、この人達の評価をさらに固めることができます。
さらに、トランプ大統領は、ウクライナの大統領に違法な要求をした疑惑「ウクライナ疑惑」を抱えていて、大統領を辞めさせるべきかどうかという大変な騒ぎのまっただ中でしたが、その疑惑から関心をそらすことができています。
一方、デメリットは?
アメリカでは軍がこの地域にずっといなければならないことへの不満が強く、トランプ大統領も「軍を撤退させる」と公約していました。
それが戦争になれば、逆に泥沼化していって支持を失うという大きなリスクがあります。
それでも、司令官殺害を選んだわけは「弱腰」と見られたくなかったことがあると思います。
去年6月、アメリカの無人偵察機がイランによって撃墜され、この時もアメリカは報復の軍事攻撃を準備しました。
ですが、トランプ大統領は攻撃の10分前に中止したと言っています。
この時、攻撃をしなかったことで「弱腰だ」という声も上がっていて、これを大統領はずっと気にしていたと言われています。
さらにだめ押しとなったのが、31日。
アメリカの大使館が襲撃を受けたことです。
トランプ大統領は大使館が襲撃を受けた様子をテレビで見た後、司令官の殺害計画を承認したと伝えられているんです。
[大使館襲撃がトランプ大統領にとって、重大なことだった理由を説明するヨーソロー]
トランプ大統領は、オバマ前大統領がやったことに反対や批判を続けてきました。
今から8年前の2012年9月、北アフリカのリビアにあるアメリカの施設が武装集団に襲われ、大使など4人が殺されました。
「オバマの外交の失敗だ!」。「警備も不十分だった!」。
この事件の時も、トランプ大統領は選挙で繰り返し批判していました。
ところが、自分が大統領になって、8年前の事件を思い起こさせる事態が起きてしまったんです。
「またアメリカの施設(大使館)が襲われた!?」。「今度は背後にいるのがイランだと~!」。
オバマ前大統領への批判が自分に返ってくるかもしれない、ブーメラン状態になってしまったんです。
トランプ大統領は、強いリーダーであることを国民に示さないといけなかったんです。
大統領の拳がイランに…。司令官の殺害に踏み切ったということを表しています。
ただし、1つ間違えば戦争につながるギリギリの判断でした。
トランプ大統領には「イランはアメリカには勝てないから戦争したくないはずだ」という読みはあったと思います。
非常に危険な賭けだったと思いますが、トランプ大統領のこうした計算も伺えます。
実際、アメリカの世論調査では、殺害を支持する割合が多くなっています。
戦争にならなければ、トランプ大統領の読み通りということになりますが、それはイランの報復次第です。
ではイランはどう思っているのか見てみましょう。
40年以上前、イランでは、国民がアメリカと仲がよかった王様を追い出し、宗教指導者をトップとする体制を作りました。
この直後、イランの学生らがアメリカ大使館を占拠して、外交官などを人質にとる事件も起きました。
それからず~っと、イランはアメリカと仲が悪いままです。
最近は「イランが核兵器を作ろうとしている」とアメリカが怒り、さらに仲が悪くなっています。
このように、イランはアメリカと対立してきたわけです。
では次に、イラン側のメリットとデメリットを見ていきましょう。
いま、イランは経済が悪化していることで、国民の不満が高まっていて、この数か月、反政府デモが激しくなっていました。
デモの鎮圧で200人以上が死亡したとされています。
しかし司令官が殺害されたことで国民の怒りの矛先は、アメリカに向かいました。
国民の不満をそらすことができますし、厳しく報復をすれば求心力は高まります。
政府にとっては1つのメリットなんです。
ただし、国民が納得する報復をしなければ、再びその怒りが自分たちに向かいかねない、という状況でした。
一方で、やりすぎてアメリカを怒らせて戦争に突入するリスクがありました。
天秤が報復する方に傾きました。
拳もアメリカ側へと向かっていきましたが、当たるのかどうか…ギリギリで止まりましたね。
「国民が納得するけどアメリカは怒らない」というギリギリのラインを見つける必要があったんです。
それで8日に、イランはイラクにあるアメリカ軍のいる基地にミサイル攻撃を行いました。
ですが、これは厳密に言うと、イラク軍の基地だったんです。
その一部にアメリカ軍もいるんですが、ほぼ被害はありませんでした。
アメリカに被害が出ないように、かなり神経を使ったことが伺えます。
ですが、ちょっとズレていたら大変なことになっていたのは確かです。
ともかく、国内向けには「アメリカ軍にミサイル撃ち込んだぞ」とアピールでき、しかし実際にはアメリカを避け、これならギリギリ、さらなる報復を避けられるのではないか、というイランの読みだったんですね。
そして、そのとおり、戦争をしたくないトランプ大統領は、これ以上報復しませんでした。
しかし、ちょっとしたきっかけで再び戦争になりかねない状況は残されたままです。
8日の水曜日、ウクライナの旅客機がイランの首都テヘランを離陸直後に墜落し、180人近くが亡くなるという非常に痛ましい事態となりました。
イランは、誤って撃墜したと認めましたが、こうしたことが起きかねない、そしてそれが戦争につながりかねない、不安定な状況なんです。
では、イランが今どんな状況なのか、現地で取材しているテヘランの戸川支局長に聞きました。
弾道ミサイルによる報復攻撃の直後、国民は「よくやった」と一定の評価をしていました。
テヘランで行われた司令官の葬儀には700万人が参加したと伝えられていて、このところイランの体制への求心力、そして愛国心も高まっていたように見えました。
ところが、イラン側が一転して旅客機の撃墜を認めたことに、国民はがっくりきています。
それどころか、大きな犠牲と、当初うそをついていたことに憤っている国民も多く、最高指導者を非難するデモにまで発展しています。
しかし、今後もアメリカに対して強い姿勢でのぞむのは間違ありません。
戦争は回避されましたが、イランが支援する周辺国の武装組織がアメリカ軍や同盟国のイスラエルなどに何らかの攻撃を加えることは十分に考えられます。
そしてこのところ政権や軍の幹部らは「最終的なゴールはこの地域からアメリカ軍を撤退させることだ」と繰り返し発言しています。
武装勢力との連携を深めるとともに周辺国での反米感情を高めるなどして、アメリカを撤退に追い込む方針で両国の対立は今後も続いていきそうです。
今後、この対立がどこまで広がるのかが、新たな不安定要素となっています。
アメリカは、アメリカ主導の秩序を守ろうとしていますが、一方で、戦争は避けたいし、軍を撤退させたいという矛盾を抱えています。
イランは、その矛盾、弱さにつけ込んで対抗しようとしているので、危険が生まれる、という構図です。
「危うい世界」。
この同じ構図が、いま、イランだけでなく、対北朝鮮、中国、ロシアなど世界の各地で浮かび上がっています。
今回の事態はその「危うさ」を見せつけました。
しかし、世界がアメリカという重しを必要としていることも事実です。
矛盾をはらみ、不安定化していく世界をどう安定させるのか、私たち日本はそこにどう貢献していくべきなのか。
世界はいま、非常に重要な岐路に立たされています。
【この日の時間割】
1. 緊張続くアメリカ・イラン 両国の思惑&今後は
2. 東京パラリンピックにトーゴ初の義足選手を
これでわかった!世界のいま
NHK総合 日曜午後6:05~ 生放送
出演:永井伸一 坂下千里子 Mr.シップ
2020年1月19日のゲストは、初登場!東貴博さんです。
投稿者:永井伸一 | 投稿時間:17:26